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夏は蒸せた匂いがする。冬は地面を叩く音がする。雨は目を閉じていても分かるのに、雪はふと顔を上げないと気づかないことが多い。同じ成分でできた違う生き物。
「――」
けれどその夜、確かに音がした。
伊鈴はふと手元の問題集から顔を上げた。数分前まで窓から入りこむしんと冷えた空気と、ストーブから出る温風が足もとでせめぎ合っていた。
エアコンをつけると顔まで熱くなる。こもった空気が苦手で、伊鈴はストーブや湯たんぽを好んで使っていた。頭寒足熱とは健康だけにとどまらず、勉強のはかどりにも影響する気がしている。
しかしその夜はさしてうるさくもない、ストーブが電気を喰う音が気になってスイッチを切っていた。ラジオをつけて集中する時も、イヤホンを耳栓代わりにして没頭できる時もある。たまたまそういうタイミングだった、それだけだ。
合わない計算で数式を間違えたことに気がついて、伊鈴は消しゴムを探して手を伸ばした。自然と上がった視界は平淡で、数日たったというのに伊鈴は思わず息を漏らす。
机に置いていた手のひらに収まる犬のぬいぐるみ。
木目調の茶色に白黒を添えていたそれはつい先日、誤って捨ててしまった。母親はごみ箱に入っていたと言う。伊鈴には覚えがなかったが、絶対にしていないとも断言できなかった。自分で片づけしないからよとダメ押しされては黙るしかない。
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