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「聞いて良いかい。どうして、僕に髪を切ってもらおうと考えたのかな」
「部活の先輩が特進クラスなんです。先生は教え方が上手で、悩みも真剣に聞いてくれるって評判です。私も先生と話がしたい。でも、今の成績では特進クラスには入れません。それで、毛先が揃っていないのを見て閃きました。髪を口実にして話しかけようって。髪には自信があるんですよ、私」
一気に吐き出すと、彼女は睫毛を伏せる。
「このチャンスを逃したら話しかけられない。そう思ったら苦しくて、声をかけました。突然話しかけてすいません。先生を困らせるつもりはないんです」
僕も同じだ。君を困らせたくはない。いつも笑っていて欲しい。ああ、答えは出ているじゃないか。本当に大切なら、想いを黒髪に押し付けてはならない。夢を見るのは止めなければ。
彼女は自身と素直に向き合える。悩み、考え、こうして声をかけてくれた。僕は眺めるばかりで、呼び止められない臆病者だ。彼女に見合うはずがない。
僕は馬鹿だ。
でも、これが僕の恋だ。
生温く湿った風が昇降口に入り込み、僕達の合間を走る。炎はぶるぶると震え、赤橙の空に吸い込まれて消えた。彼女は飛ばされちゃったと、穏やかに呟いた。
「先生に切ってもらえて本当に良かった。ありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
彼女は深くお辞儀をすると下校した。その影を追うことなく、僕は職員室へと戻った。
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