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「くそっ!間に合わなかったかっ!!」
リビングの扉が蹴り上げられ、蒼空の目の前を宙に舞い壁にぶち当たる。
木でできたそれは己の居場所を見失い、ただ床に崩れ落ち、血だまりの中に沈み込んだ。
ドアを蹴り上げた張本人、細身の青年――瑞穂――は女性と見まがうほどの整った顔を憎々しげに歪ませ、ちっと舌打ちをする。
はぁ、と息あらく汗ばんだ額を片腕で無造作に拭い、一つにまとめられた黒髪を怒りで揺らした。
蒼空は彼の姿をぼんやりと認めると、ぱくぱく、と口を開ける。
それはすぐには言葉にはならず、三度目でやっと、かすれた声が少年の喉から発せられる。
「……せん……せ」
「……」
生きていたのか。
そんなことを言いたげな漆黒の瞳は、ただ一瞬だけ驚きに満ち、そうしてその後は後悔と、罪悪感、そして怒りで一気に染まった。
瑞穂は蒼空を直視することができずに、少しだけ顔を背ける。
「……先生」
蒼空は立ち上がると、瑞穂の方へふらふらと歩き、彼のジャケットの裾をくい、と掴んだ。
瑞穂はぎこちなくそちらを向き、アオ、と彼だけが呼ぶ蒼空の名を口にする。
「ねぇ、先生」
「……」
「先生はお医者さんなんだよね」
「……」
瑞穂が耐えきれずに、視線をそらす。
蒼空はくしゃり、と顔を歪めるとねぇ、と彼のジャケットを強く引っ張った。
「治してくれるって」
「元のようにしてくれるって」
「ねぇ、先生」
「先生」
蒼空はぼろぼろと透明な雫を瑞穂の手のひらに落とすと、先生、と崩れた声でまた呼んだ。
瑞穂は何もできずにジャケットを掴んでいる彼の小さな手をただじっと見つめる。
すまない、と。
そう謝ることは何の解決にもならないことを瑞穂はこれまでの経験から知っていた。
そもそも、赦してもらうためのそんな言葉。
自分には似合わない。
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