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今日の株価は
「そろそろか。」
青年は恨めしいほど青い空を見上げぼそりと呟いた。
薄い色素の瞳を細め、どこか嬉しそうに笑う。
――死にたい、を知りたい――
あのときあぁ言った己の記憶の彼を撫でながら、くは、と声を出して地面を蹴った。
彼の隣を君影草の住人が走り去る。
階級毎に分けられた色の違う顔布が風に吹かれ、青年の髪を揺らす。
「感染者を殺せ」
誰かがそう呟き、青年の向こう側で何かがえぐれる音が響く。
青年は警帽をぐい、と引くと感染者の方へ歩いた。
君影草の住人である証拠、アネモネの花をかたどったバッジが日差しに煌めき感染者にナイフを突き降ろしていた男は青年の姿に手を止めた。
彼の為に道が空けられる。
「イライラするね、本当に。」
感染者にナイフを突きおろし、青年は何の感情も灯らない瞳でそんなことを呟く。
そして胸元から注射器を取り出すと感染者に無造作に刺した。
血液を採取し、細かく振る。
それは段々と色を失い、最後には透明になる。
「……ちっ」
大袈裟な舌打ちをすると、青年は側で待機する部下に顔布をひらめかせ振り返った。
「外れだ。こいつは処分してくれ。引き続き、男を追え」
「かしこまりました」
彼らはさっと姿を消す。
夏の蒸し暑い死体と、青年は向き合う。
死体は無機質な瞳で、青年を睨み付ける。
青年はその無機質な瞳に少しだけ何かを思い出したかのように笑うと、その死体を蹴り上げた。
何かが折れる。
飛び散る。
崩れ落ちる。
「俺は、鬼ごっこが嫌いなんだよ。」
青年はポケットに手を突っ込むと、いらだたしげにまた舌打ちをする。
きっとどこかで見ているであろう誰かに向かい、青年は口を開いた。
「そのウイルスはお前のものじゃない。」
MH3ウイルスは。
自分と彼だけのものだ。
彼のために。
彼の感情の為に。
そのためだけに作ったものだ。
「お前がどうしようと自由だ。ただ、アネモネは絶対に渡さない。」
MH3ウイルスの副作用。
それを抑えるための抗生物質。
「あれは瑞穗のためだけに作ってあるからな。お前ごときには使えない。作れもしない。あぁ、一応いっておくが」
青年は顔布を外し笑うと、死体に向かい注射器を放り投げた。
「瑞穗に手を出したら容赦しない。」
彼を殺すのは自分だ。
自分である、と。
そう相場は決まっている。
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