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医者と患者
それは、何の変哲もない家の一室のはずだった。
暖かい日の差す、キッチンとダイニングが一緒くたになった、どこにでもあるリビング。
家族が一日を過ごす、暖かで、穏やかな一室。
白を基調とした壁には幼い少年が描いた落書きがあり、それを上から塗りつぶすかのように今は鮮血が飛び散っている。
彼が描いた家族の身体は、真っ赤に血塗られている。
赤。
鮮烈な、赤。
血だまりの中で蒼空ははは、と乾いた声を漏らした。
硫酸銅水溶液のように透明で青みがかった瞳には薄く膜がはり、頬は歪に歪む。
切りそろえられた横髪が彼の呼吸に合わせてさらりさらり、と揺れ、血にまみれた両の手は何かに怯えるように震えたまま彼の身体の前で虚空にさまよっていた。
生者の呼吸は蒼空のもの一つだけ。
死者の口から漏れ出る血液だけが彼の膝元をぬらし、それに蒼空はいまだ笑い声を上げ続けている。
地獄絵図。
言葉で言い表すなら、そのような状況だろうか。
真っ白なカンバスに塗り固められた紅い絵の具達は、誰かによって扉が無造作に開かられるまで、中心にいる少年ごと作品に閉じ込め、嘲笑う。
蒼空は死体の中に埋もれながら、顔を覆った。
ははははは、と乾いた笑い声が口から漏れる。
嗤う。
凶人のように。
笑う。
白痴のように。
全てから目を背けるかのように。
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