7 ふたり展開催

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「まさか、本当に来るとは、思っていなかった」 「俺だって、朱莉がこんな活動してるとは思わなかったよ」  ――数分後、私は半年ぶりに、自分の夫であった男と対峙していた。孝史は、手にしていた紙袋をすっと私に差し出す。 「展示のお祝いを兼ねた、差し入れだよ」 「ありがとう。気を遣わせて、ごめんなさい」  そう言いながら私は紙袋の中身に目をやる。すると、私が昔から好きな洋菓子屋のロゴが目に入り、思わず視界が、じわっ、と滲みそうになる。私はそれを必死に堪えながら、たぶん強張っているであろう笑顔を孝史に向けた。 「どうぞゆっくり見て行って」  それに孝史は無言で応じると、紺の布が張り巡された空間に、静かにその瞳を躍らせた。やがて、さやかのブローチと私の詩集を手にして、私に差し出す。彼が展示を見ていた時間は、10分にも満たなかった。 「あの人へのお土産?」  さやかがブローチをラッピングしている間に、会計を済ませ、所在なげに目を泳がす孝史に、私は思わず意地悪く聞いた。対して、彼はそれにも無言を貫く。結局、作品を受け取ってギャラリーを出て行くまでに、孝史はただ一言、私にこう言い残したのみだった。 「それじゃあ、元気で」 「……あなたもね」  その私の声をかき消すように、ギャラリーの扉が、ばたん、と閉まる。閉まるや否や、私は、一部始終を見守っていたさやかのほうに振り向いて、こう彼女に問いかけた。 「ねえ、私、いま、泣き声になっていなかったかな?」 「ううん。普通の声だったよ」 「本当?」 「うん、本当。朱莉ちゃん、きりっとしてて、格好良かった」  さやかの声には確固たるものがあった。私は思わず安堵のあまり、その場に崩れ落ちる。 「そっか、よかった、よかったぁ……」  その時、胸に抱えていた重い塊が、すうっ、と消え失せたのを感じて、私の頬を一筋、つっ、と涙が伝った。そんな私を、さやかは声をかけるでもなく、ただ、穏やかな微笑みで包んでくれていた。  私にはそれがなにより、ありがたくて、そして、心強かった。  
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