5 「ギャラリー 人知れず」

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「さやかちゃん、今日のところは、もう帰ろうよ。めぼしいところは回っちゃったし、お腹も空いたし。何か食べて、それで今日は、帰ろう」 「うん……でも……」  それでもさやかは納得できない、といった表情だったが、やがて、こくり、と小さく頷くと、足をくるりと駅の方向に向けて、真昼のひかりのなかを、また歩き始めた。  私たちは、あれこれと歩くうちに、だいぶん観光地のエリアからは外れて、どちらかというと住宅地のなかに紛れ込んでしまっていた。駅からもかなり遠くに来ている。  そのとき、先を歩くさやかがふと足を止め、路地の片隅に目を留めた。 「朱莉ちゃん。こんなところに、ギャラリーが、ある」  さやかが指を指す方向に目をやれば、住宅地の隙間に隠れるようにして、青い小さな小屋のような古い建物があった。そしてそのドアには、たしかに、「ギャラリー 人知れず」との文字が躍っている。だが、外から中の様子は窺えず、そもそも営業しているのかどうかもあやしい。しかもここは、見知らぬ住宅街のど真ん中。営業してるとしても、正直、入るのに躊躇がいるシチュエーションだ。しかも、名前が「人知れず」とは。これまた人を食ったような店名ではないか。  ところが、それを見て、元気を無くしていたさやかの瞳が、ぱっ、と輝いた。 「ここ……。面白そう……」 「えっ、何。まさか、さやかちゃん、入りたいの?! えっ、やめようよ」 「え? ちょっと見てみるだけでも、見てみたいんだけど、だめ? それに、ギャラリーって書いてあるし!」 「でも、雰囲気が、ちょっと、あやしくない? やめとこうよ!」  そうこうしているうちに、扉がぎっ、と音を立てて内側から開くではないか。 「なんだ? あんたら? 何か用か?」  そうして、ぬっ、と現われた、銀縁眼鏡をかけた無精髭の男性、それこそが「ギャラリー 人知れず」の店主、岩尾諒太であったのだ。
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