5 「ギャラリー 人知れず」

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「ふうん……。それで、展示の場所を探して歩いているうちに、ここに辿り着いちゃったってわけね」 「はい」  さやかが、岩尾と名乗ったそのギャラリー主が差し出したグラスを、ぎゅっ、と握りしめながら返事をした。グラスの中には、冷たいオレンジジュースが注がれており、さやかは、それをおずおずと口に運びながら、この場所に至るまでのあれやこれやを、岩尾に話し終わったところであった。さやかに並んで、客用らしいソファーに座り込んだ私は、改めて自分が今いる空間を見渡す。12畳くらいのギャラリー内の壁面には、なるほど、その名にふさわしく、大きな絵画が何枚もピクチャーレールに釣られて飾られていた。その絵は、風景画が主で、それもこの港町の光景を描いたものが多く見受けられる。そしてその真上からは、大きな天窓からひかりが降り注いで室内を明るく照らしており、よって、外から覗き込んだときほど、あやしい雰囲気はない。 「なるほどねぇ……」  私の真向かいに座った岩尾が煙草をくゆらせながら、どこか思案に暮れたような視線を天窓に投げる。その銀縁眼鏡に隠れた顔をまじまじと見れば、最初の印象よりもいくらか若く、32、3歳だろうか。髪は長髪とまで言えないが、ちょっと長めで、ぼさぼさとしていて、ところどころが跳ねている。そして口元の無精髭。それがなんとも言えぬ胡散臭さを醸し出していて、はっきり言って、この空間で一番あやしいのは、ギャラリーではなく、その店主である、この岩尾その人なんだな、と私は失礼ながら思ってしまった。  そんなことを考えていたものだから、私はなんとも落ち着かなくて、早くこのギャラリーを後にしたい気持ちでいっぱいであった。ところが、さやかは、ここぞとばかりに岩尾に食い付いて、展示をやりたいとの旨を、私が止める間もなく、すべて洗いざらい話してしまった。これでは、それでは、と、そそくさと退去するわけにも行かない。そんなわけで、私はさやかを促して、この「ギャラリー 人知れず」から抜け出るタイミングを逃してしまって、仕方なく、さやかの隣に所在なげに座っている。
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