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そう言い終わるや、岩尾は黙りこくってしまった。沈黙の帳が急に降りたギャラリー内で、私は、なんとはなしに、夏のひかりの降り注ぐ天窓に目を泳がす。だが、むろん、そこに答えが書いてあるはずもない。
そう、答えは、私の心の中にしかない。そこにしかないのだ。
私は頬にさやかの視線を感じながら、必死に自らの胸に問うた。
――「朱莉ちゃんと何かを産み出したい」。たしかに、そう提案されたときから、私もそれはなんとなく素敵だな、とは、思っていた。でも、まっすぐにやりたい、とまでは言い切れなかった。なぜだろう。それは、それは。
――それは、自信がないから。さやかのアクセサリーはともかく、自分の詩なんて、人に見せられるものじゃないっていう思いがずっと、あったから。だけど。
――だけど。
やがて、私の唇が、小さく、でも確かに動いた。
「やりたいです」
そうして、こうも、言葉が漏れたけれども。
「自信はないけれど、私の詩なんて、って思うけど」
それから、私はまっすぐに岩尾の銀縁眼鏡の奥の目を見つめて、言った。
「私は、このふたり展を、実現させたいです」
さやかの髪がふわっ、と揺れて、彼女の瞳がこちらを向く。その目は泣き出す寸前の色をしていた。私は、その目を受け止めるように、静かに頷いた。そして私の言葉を聞いて、岩尾がふっ、と笑いながら言う。
「じゃあ、いいだろう。費用は売上の30%。それで会場代の代わりとしよう。で、会期はいつにする? 今からだと、準備を入れると9月の連休あたりが、いいかもしれないな」
「えっ、え、ありがとうございます! やったー! 朱莉ちゃん!」
岩尾の言葉にさやかが歓喜の声を上げる。そして、目を潤ませたまま私の手を握って、ぶんぶんと振る。私もさやかの手を握り返す。力をこめて。そして、さやかに微笑み返す。
「うん、うん。いいふたり展にしよう、さやかちゃん」
「そうだね! 絶対、面白い展示にしようね!」
興奮気味に言葉を交わす私たちを、岩尾は苦笑いをしながら見つめていた。そして、あれこれの打ち合わせを済まして、ギャラリーを去る間際、ぼそり、と私に向かってこう言った。
「三島さん、やりたいことに、自信のあるなしなんて、関係ないんだよ」
その言葉が、ものすごく、私の胸を疼かせたのは、なぜだろう。
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