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そして、その翌日は会期最終日だった。日曜ということもあって、ギャラリーには前日以上の人が訪れた。そして、あいもかわらず、その全てはさやかの客だった。さやかのアクセサリーは飛ぶように売れ、対して、私の詩集はそのおまけとして買われて行くにすぎない。
だが、なぜか、私の心はそれまでとは打って変わって、平穏だった。変な自虐に陥ることもなかった。ただその場の空気を、さやかとともに味わい、お客さんの展示への感想を素直に受け入れ、吟味できた。自分でも不思議に思うくらい、自然に。
その前日までと違うとしたら、なんだろう、あえて表現するなら、私の胸の内には、その場に足を広げてすっくと立つ自分の姿、みたいなものが、イメージできていたということだろうか。それは、離婚以来、持てたことのない感覚だった。私は、私の足でこの現実に、ちゃんと立てている。つまるところは、私は、ちゃんと生きている。そんな実感とも言うべきか。誰かを妬んだり、僻んだりせずとも、私はこれでいい。そんな確信とも言うべきか。
やがて、閉廊時間がやってきて、私たちのふたり展も無事、幕を閉じた。しかし余韻に浸る暇も無く、ギャラリーを閉じたら、すぐに撤収作業である。岩尾に最終的な売上の集計を任せ、私とさやかは、またも脚立に登って紺の布を、ピクチャーレールからは私の詩を、手早く外した。
あっという間に、私たちの作り上げた銀河は、無に消える。
だけど、私の胸の内には、ある新たな想いがふつふつと浮かんでいた。
「ねえ、さやかちゃん、私、決めた。私、どうせライターをやるなら、ハンドメイドのことを書く仕事がしたい。色んな作家さんの現場を回って、話を聞いて、その人が作り出すものや想いを伝えたい。そんな文が書きたい」
「朱莉ちゃん、それ、とても素敵だと思う!」
「でしょ!」
布を折りたたみながら私は笑う。すると、そんな私を、さやかもまっすぐに見つめてきた。
「私もね……思ったの。私、ハンドメイドを続けたい。けど、この間のように、道楽だって思われたくない。高校から逃げて、遊んでいるように思われたくない。だからね、学校に行く。ちゃんと高校卒業して、ハンドメイドをしながら、道を探していきたい」
「いいね、さやかちゃん!」
「だよね!」
私たちは、がらんとしたギャラリーの中で、声を上げて笑った。
私たちはまた、私たちにしか見えない未来を、手にしようとしていた。
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