8 「さよなら」は言えない

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8 「さよなら」は言えない

 さやかとのLINEのメッセージに既読が付かなくなってから、ふた月が過ぎた。  あのふたり展が終わってからというもの、私は、自分の新しい夢――ハンドメイドの現場の熱を伝えるライター――を目指すべく、仕事の合間を縫っては各地の手作り市などを巡る日々が続いていた。調べてみれば、その種のイベントは毎週のようにどこかで開かれていた。作家グループが主催するちいさなイベントから、自治体やショッピングモールが主催する大規模なものまで、コロナ渦明けということもあってだろう、とにかく多種多様な催しが各所で行われていて、よって、私の週末の予定はまたたく間に埋まった。  そして、足を運んだイベントでは、これは、と思った作品を作る作家さんを捕まえては、簡単なインタビューをさせてもらったり、作品の写真を撮らせてもらっては、開設したブログにて、記事としてアップした。すると、そこに取り上げた作家さんが、私のブログをSNSで拡散してくれることもままあり、そうするうちに、私のブログはハンドメイド界隈で、そこそこ名の知られる存在となっていった。  まあ、そうはいっても、端から見る限り、私は「ハンドメイド好き」の一ライターに過ぎず、仕事としての実績は、まったくもって、皆無だったのだけれど。それでも、そんな私のような無名のライターにも、お声がけした作家さんたちは、大概、気さくに応じてくれた。  これは、ひたすら、ただ無我夢中に、その世界に飛び込んだ私にとっては、とてもありがたいことだった。    一方、さやかは、ふたり展が終わった次の月、10月から、高校に復学していた。展示が終わった直後の9月末、さやかからのLINEにはこんなメッセージが刻まれている。 「明日から学校に1年ぶりに行くんだけど、やっぱり怖いな」 「うん、とっても怖い。だけど」 「自分で決めたことだから、がんばらないと」  そしてピースサインをするウサギのスタンプがその後に押されている。わたしは、即座に「がんばれ」と励ましのポーズを取る犬のスタンプを返信した。  そのやりとりを最後に、さやかからのLINEは途切れた。  私は気を揉みつつも、連絡する手段も他に見当たらず、途方に暮れるしか無かった。または、さぞかし高校が忙しいんだろうと思い込むことで、こみ上げる不安を打ち消そうとしていた、というのが正しいところだろうか。    やがて、季節は移り変わり、今日は木枯らしも冷たい、師走初めの日曜日である。
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