一品目・焼き鮭

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一品目・焼き鮭

 魚になってしまいたいと願い続けていた年下の友人は、本当に鱗が生え人魚になってしまった。  生きづらさを抱えている彼にとって、陸での生活は想像以上に呼吸がしづらかったらしい。  地上で溺れるくらいなら海の底に沈んだ方がマシだと言っていた彼は、人魚になった今、どこか清々した様子で浴槽を漂っている。 「凪、おはよう。朝食ができたよ」  いつものように浴室に顔を覗かせると、凪はずぶ濡れの髪から雫を落としながらゆっくりと顔を上げた。  暖かい季節とはいえ一晩水に浸かったまま過ごさせるのは、風邪をひかせてしまいそうで本意ではないのだけれど、彼がそれを望んでいるのだから仕方がない。魚に近付いてしまった今の彼にとって、水中はなによりも心が穏やかになる場所だとわかっているから。 「さあ出ておいで。今日の朝食は焼き鮭だよ」  バスタオルを広げながら告げると、香ばしい匂いに気付いたのだろう、凪はひくひくと鼻を動かす。そのままちょっと危ない足取りで浴槽から出てきたので、柔軟剤の香りが漂うバスタオルですっぽりと体を包み込んでやった。  最初のころは身を硬くさせてジッと耐え忍んでいた凪は、だいぶ慣れてくれたのかリラックスした表情で身を預けてくれている。その様子が警戒心の強い野良猫が懐いてくれたようでひそかに和んでしまった。 「今日はどうかな? ご飯食べられそうかい?」  ひとしきり体を拭き終わって、目線を合わせて優しく尋ねれば、凪は少し視線をさまよわせる。 「……うん。たぶん、大丈夫」  それはよかったと微笑みかけて、僕は凪の手を引いて朝食が待つリビングに向かうのだった。
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