鬼ヶ島の猫

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 ***  罪とは、そして罰とは何であるのか。  確かに――ええ、確かに。鬼にまったく罪がないとは申し上げません。彼等が自分達が食べていくため、漁村の人々の魚を横取りしたり、民間船を襲って食料や金品を強盗するということを繰り返していたのは事実です。でも。  そうしなければ、彼等は生きながらえなかったことでしょう。  醜いと蔑まれる容姿、長く育った故郷さえ追い出された身で。あの荒涼とした時代、一体そんな彼等を、どこの誰がまともな職業で雇ってくれたというのでしょうか。食い扶持を与えてくれたというのでしょうか。彼等の運命は、親兄弟からも見捨てられてしまった時点で決まってしまったようなものなのです。  それでも同じ境遇の仲間を守り、未来に希望を見出したかったから、どんなに無茶でも生き延びようとした。ああ、それは。それさえも罪だったと、そう仰るのでしょうか。 『見つけたぞ、鬼どもめ!漁村の人々を虐げる悪鬼ども、この桃太郎が成敗してくれようぞ!!』  漁村の人々にとっての英雄は、私達にとっては悪魔以外の何者でもありませんでした。  刀を振り回し、犬と雉と猿を連れて鬼ヶ島に上陸した彼は。鬼達の命乞いも聞かず、次々と鬼達の首を刈り取っていくのです。抵抗する者も逃げる者も、みんなみんな当然のように殺されて行きました。鬼だから。人間ではないから。だから殺されても文句は言えない、罪に問われることなどない――私はただ、地獄絵図を見ていることしかできなかったのです。  ああ、せめて私がもっと大きな体であったなら!  猫ではなく、大将と同じように屈強な体の持ち主であったなら!  いや、せめて。せめて人の言葉を話すことだけでもできたなら、“差別された人”でしかない彼等を悪鬼と蔑む桃太郎を説得することも、制止の言葉を投げかけることもできたかもしれないというのに。 『やめてくれ……』  所詮、猫でしかない私の声など誰にも届かないのです。  犬と雉と猿でさえ、桃太郎から貰えるご褒美と名誉に目がくらんでいて私の声に耳を貸してはくれません。 『やめてくれ、たのむ、やめてくれ!』  これで終わりだ、と桃太郎が言いました。仲間を庇い続け、手足を切り刻まれて身動きが取れなくなった大将の首に、刀が食い込む様が見えました。 『やめてくれ、やめ、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』  泣いても叫んでも、現実は変わらない。  結末はきっと、最初から決まっておりました。だってそうでしょう?どのような物語であっても、必ず正義の味方が勝つのです。英雄が、鬼を倒せないで終わる物語などないのです。  桃太郎が皆にとっての正義であり、鬼達が悪と定められた時点で。私にとって、運命に希望の光など無きに等しいものでございました。 『おや、こんなところに猫がいるぞ。鬼に捕まっていたのか?』  桃太郎は、呆然とする私を抱き上げて笑いました。 『よしよし、もう安心していいからな。悪い鬼はこの桃太郎が全て退治してやったのだから!』  ゆえに私は。  聞こえないとわかっていても、届かないと知っていても、言わずにはいられませんでした。 『この、人殺し!地獄に落ちろ!!』  そして。  油断しきっていた桃太郎の首を、この爪で掻き切ってやったのです。
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