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鬼ヶ島の猫
思えば私は、最初から少しばかり特別な猫であったのかもしれません。
目が開く前に、ある程度思考する余地がございました。それから不思議なことに、人間が話す言葉をほとんど最初から理解していたように思えるのです。ひょっとしたら私の前世は人間だったというものだったのでしょうか。人間としての記憶はないけれど、僅かばかり知識が残っていてそれが現世に影響した、と。いえいえ、神も仏も、それに関する知識などほとんどないこの身としては、それが真実かどうかなどまったく定かでもないところなのですが。
物心ついた時に最初に思ったことは。ああ、どうやら私は捨てられるらしい、ということでした。
目を開けて最初に見たものは、どこまでもどんよりと淀んだ空でございました。その中を籠に入れられて、がったんごっとんとどこかへ連れ去られて行こうとしているのです。
そう、船。
ひどく触れる小舟の上、人間の膝が私と兄弟たちを入れたカゴを抱いて海を渡っているようでした。人間は私がじっと己を見上げていることに気づいたのでしょう。どこか不憫そうに私を見下ろして、すまんなあ、と一言告げたのです。
『お前さんに罪などないと知っているよ。しかし、だからといって村長の軒先で、六匹も野良猫に子猫を産まれてはたまったもんじゃないんだ。母猫は出産ですぐに死んだが、お前さん達はまだ生きていたものだからなあ』
恐らく、まだ若い漁師であったのでしょう。
後に知った話によれば、彼等の漁村は非常に貧しいものであったようです。その上で、あらゆる殺生は禁忌である、と硬く教えられておりました。ですから、野良猫に田畑を荒らされるなどの被害が出ても簡単に駆除できず、ましてや新たに増えた子猫を扱い兼ねていたのだと思います。
ゆえに、まだ若い漁師が村長に命じられ、猫を遠くの場所に捨てる役目を押し付けれたのでしょう。
そう、遠くの場所。海を渡った先にある、鬼が住む島――鬼ヶ島へ。
『人が動物を殺すのは罪だが、鬼を殺すのは罪ではない。そして、鬼がお前さんたちを殺せばそれは人ではなく鬼の罪になる。……そんなもの、方便でしかないと、儂はそう思うんだがなあ。すまんなあ』
漁師はそう言うと、私と兄弟たちを鬼が島の岩場の上に乗せて、そのまま船で去っていったのです。
餌も何もない岩場に取り残された私達。母猫もなく、守ってくれるものは何もなし。実際、既に兄弟の数匹はほぼ虫の息といった状態でした。
ああ、私は此処で死ぬのだ、そう思ったのでございます。でも。
『なんだあ?人間が、何かを捨てていったぞ?』
驚くべきことに。
それこそが私にとっては、全ての始まりとなったのでございます。
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