葬儀参列、死者私。

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とにかく考えてみよう、家族との初めて…仏様が見せろと言っとるんじゃから、とびきりの“初めて”を指しとるに違いない。…でも駄目だ、とびきりの初めてなんてワシには分からん! ふと並んで座る家族の方を見てみる。 妻の藤子(とうこ)、それに長女の櫻子(さくらこ)、その隣に櫻子の旦那が座って、膝の上にはさっきジュースをねだった洸樹(こうき)が。その隣には、洸樹の兄の勇樹(ゆうき)がお経の本を持ったまま、当たりをキョロキョロ見回しとった。 その後ろの列には次女の菫子(すみれこ)と、その旦那が座っておる。 家族との初めて?…全員で家族写真を取るとか?そういえば、洸樹が生まれてから櫻子一家と菫子一家が揃った家族写真は無い気がする。 よし!だったらまずは写真を…って駄目だ、ワシらが住んどる地域は葬式で家族写真を撮る文化はない。藤子達にはワシの声も聞こえんし、どうしたらええんだ。 チラッと仏の使いの方を見ると、二人は何も言わずに木魚の上に並んで鎮座しとった。 不味いぞ…どうやって写真を撮らせよう。洸樹か勇樹が撮りたいって言いださんだろうか。 すい〜っと勇樹の隣に身を寄せてみる。勇樹は何か感じたのかブルッと身震いして、それからまた視線をお経の本に落とした。 ワシがへばっとる間に、世の中はコロナというウイルスが蔓延したらしく、可愛い勇樹のほっぺたがマスクに覆われてしまっとる。 6歳の勇樹は、葬式というものが分かるんじゃろか。もうじいちゃんには会えんって理解しとるんじゃろか。 勇樹は“初めての孫”じゃったからなぁ。産まれたときは嬉しゅうて嬉しゅうて、たくさん抱っこしたもんだ。情けないことに自分の娘の育児は殆ど藤子にまかせきりだったんじゃが、仕事も退職したことだし、孫の育児にはできる限り協力しようと思った。 おしめを替えて、離乳食を作って…櫻子も偉いもんだ。産後の体で子どもたちのお世話をして…いや、それを言うなら藤子も偉い。立派な娘を二人も育てたんだけぇな。 櫻子の旦那の膝の上でウツラウツラしとるのは洸樹。お昼寝の時間はとっくに過ぎとるもんなぁ、眠たいんだろう。ああ、覚えとってくれるだろうか。じいちゃんとお散歩したり、お昼寝したりしたことを。…無理だろうなぁ。 「…遺族を代表し、ご長女の櫻子様よりご挨拶をいただきます。」 気づけば、お経も坊主の話も終わって、遺族の挨拶の時間になっとった。櫻子はコツコツと黒いヒールを鳴らして皆さんの前に立つ。 あがり症の櫻子がみんなの前で話すんか? そうかそうか、櫻子頑張れ! …て、ワシとしたことが、まるで櫻子の“初めてのピアノ発表会”のときみたいに応援してしもうた。 いかんのう。 櫻子はもう子供じゃないのに。
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