葬儀参列、死者私。

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櫻子(さくらこ)、ありがとう。 櫻子がワシの世話をしてくれたこと、本当に感謝しとる。大変だったろうに、手間だったろうに。ちょいと愚痴をこぼす時もあったみたいが、そりゃそうだ、愚痴をこぼさんとやっとられんだろう。 ワシは櫻子が大好きだ。 櫻子もワシの誇りだ。我が娘なから本当に立派だ。 ああ、櫻子のちょっと得意げな、ニヤッとした笑顔が懐かしい。櫻子は褒めると照れるのか変な顔で笑うとった…。 「ご親族の皆様、移動のお時間です。」 思い出に浸っとったら、もう火葬場に移動するとか言い始めた!! 大変だ大変だ、写真撮ってくれんかの、火葬場で写真なんか撮るわけないんだけぇ、ここで撮らんとチャンスがない…! もちろん、ここで奇跡的に写真を撮るなんて展開になるはずもなく。 ワシは藤子(とうこ)に引っ付いて、霊柩車に乗った。棺を後ろに乗せて、霊柩車はズンズン火葬場へ進む。櫻子達はバスで向かっとるだろう。 「古島(こじま)さん、大丈夫ですか。かなりお疲れのご様子ですが…。」 運転する式場の人が藤子に声を掛けた。 藤子は小さく会釈する。 「ええ。でもちょっと目まぐるしくて…」 藤子は滅多に泣かない女だった。強く逞しい肝っ玉母ちゃん。葬式の間も泣かずにお経を読んどった。 藤子、すまんなぁ。大変だったろうに。施設に放り込んでも良かったのに最後まで在宅で面倒を見てくれた。ワシも死んだことだし、残りの人生は自分のやりたいことをやってほしい。 車が火葬場に到着して、ワシの棺は変な機械に乗せられていく。間抜け面のワシは今からカラッカラの骨になるんだ。小さな仏の使いもついて来ていて、棺の傍で皆の様子を伺っていた。 もう諦めよう。 ワシは地獄に行くしかない。初めてなんて知らん。今更どうしようもないじゃないか。 それよりも最後に皆の顔をしっかり見て、もう二度とワシの記憶から遠退(とおの)かないように焼きつけておこう。そっちの方が有意義だ。 皆で最後の焼香をして、棺を乗せた機械が焼窯の前まで移動した。ガタン!と大きな音がして棺が焼窯の中にスライドしていく。 さよならワシの肉体。 「では最後のボタンを奥様が…」 火葬場の人が藤子に声をかけた。藤子は「はい。」と返事をした。でも唇が震えとる。 赤いボタンを押すと、これから数時間掛けてワシは焼き尽くされることになる。藤子は数珠を握りしめてボタンに手を伸ばした。 『藤子…?』 動きが止まった藤子。 ワシはフヨフヨと藤子の傍に近寄った。 藤子は、唇をワナワナと大きく震わせて、目にいっぱいの涙を浮かべていた。
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