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藤子の“初めての涙”を見たのは、プロポーズの時だった。
ロマンチックな事とは程遠いワシがあれこれ考えた末に、バラの花束と指輪を準備した。緊張で根本を強く握りすぎて、バラが心なしかちょっと元気なかったような気がする。
「僕と結婚してください!幸せにします!」
こういった時、藤子は目にいっぱいの涙を浮かべた。涙なんて初めて見たワシは滑稽なほど慌てた。
「と、藤子さん!?」
「…嬉しい。だって栄市さん、そんな素振り全然見せなかったじゃないっ…」
藤子はこう言って、ぐしゃりと笑う。ワシはどうしていいか分からなくて迷った末に、
…そっと指先で藤子の涙をすくった。
藤子、藤子。
『泣くな、藤子。』
幽体であることも忘れて、藤子の涙を指先ですくおうとした。
でも、すくえなかった。
ああ、
もう涙をすくってやることも出来んのかーー…
「押せない…!!」
突然、藤子が叫んだ。
そしてその場に泣き崩れる。
初めて見た。こんなに激しく泣く藤子を。
「お母さんっ、」
駆け寄った櫻子と菫子。藤子は二人に支えられながら、涙をボロボロと溢した。
「だめね、私っ…。栄市さんが心配せず逝けるように泣くまいって思ってたのにっ…。脳卒中になってから、栄市さん大変だったね。天国ではたくさん楽しいことがあるといいねっ…」
ハンカチを顔に押し当てて、無理やり笑ってワシを送ろうとする藤子。それを見て、櫻子も菫子も泣き始めた。
「お父さん、ごめんね帰ってこれなくてっ…!ごめんね、会いたかったの、……っ、お姉ちゃんっ…」
「すみちゃん…、」
櫻子が菫子の背中を撫でた。
ああ、良かった。櫻子と菫子が仲直りして。
ああ、良かった。藤子が泣くことを我慢し続けずにすんで。
もう、よかろう。
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