星狩りは独り征く

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「よし、こんなもんか」  先回りした廃村は、岩山の麓に向かって斜面にへばりつくように数十戸の廃屋が残っていた。レグルスは、そこに蜘蛛の巣型の単純なトラップを張り巡らせて手をはたく。【星】の目はあまり良くないため、粘着力のあるテープを廃屋の柱に括り付けておけば、よほどコースを外れて突進してこない限りは確実に捕らえることができる。動きを封じられる時間はせいぜい一秒ほどだが、レグルスにとっては十分だった。 『人工肉のストックは大丈夫そう?』 「一発で仕留めるんだ。ストックなんていらねぇ」 『……あぁ〜、武器庫には忍び込めても餌の倉庫には入れなかったんだねぇ』 「黙れ」  φの刻印を親指でグリグリ押すと、『や〜ん痛い痛い! ひどい! レグルスの馬鹿力!』と甲高い声で罵られた。痛みなんて感じ取れないくせに、と余計に苛立ちが増す。  レーダーがイカレていなければ、ファイは後三十秒ほどで廃村に到着する。レグルスは餌の人工肉を設置すると、風下の物陰に身を隠し、スコープを覗き込んだ。  よたよたと歩く青白い光が視界に入る。レグルスがレンズの倍率を変えようとしたとき、『ねぇ、レグルス』と、φが静かに呼びかけた。 『君には、あんまり見られたくないなぁ』 「……今更だ」  レグルスは素っ気なく応えると、倍率を最大まで上げた。  ファイは変わり果てた姿になっていた。防護スーツが破れ、高温の外気に晒された肌は焼け爛れて、ところどころ剥がれ落ちていた。ミルクティー色の猫っ毛は煤だらけになり抜け落ち、蜂蜜色の瞳は水分が蒸発して干した無花果のように萎んでいる。いつも微笑みを浮かべていた唇は耳まで裂け、ダラダラと汁を垂らしながら唸り声を上げていた。   レグルスはぐっと息を詰まらせながらも、決して目を逸さなかった。どんなに変わってしまっても、あれは相棒の身体だ。今から自分が葬るのはウィルスでも化け物でもない、大切な相棒の一部なのだと、自分に言い聞かせた。  ファイは優秀な『星狩り』だった。勇敢で、冷静で、そして誰よりも【星】になってしまった人々に心を痛める、優しい男だった。  レグルスがファイと話した最後の朝も、彼はいつも通り優しく穏やかだったし、任務中【星】に噛みつかれそうになった同僚を庇ったことも、まったくもって彼らしい行動だった。  だからレグルスは最初、ファイが【星】になったと聞かされても、実感が持てずにいた。隊長がファイを悼む言葉をかけ、ファイに命を救われた隊員に跪いて懺悔され、隊の皆が悲しみに暮れている様子を見ても、レグルスは涙ひとつ零すことが出来ないでいた。ファイが死んだという事実を、自分の中に現実として落とし込むことが出来なかったのだ。  そんな、相棒が隣にいない違和感だけを抱えて数日を過ごしていたレグルスだったが、ある日、「訓練生向けの新しいAI砕星銃が作られたらしい」という噂を耳にした。AI砕星銃の新型が作られるのは、撃墜王(エース・オブ・エース)が【星】になったときのみだ。  胸の奥で、何かがひび割れる音がした。
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