星狩りは独り征く

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 いてもたってもいられなくなったレグルスは、基地の皆が寝静まった後、見張り番の交代を申し出て武器庫に忍び込んだ。AI砕星銃の保管棚に近づくにつれ、ひび割れの音はどんどん大きくなる。心臓に亀裂が走ったかのような痛みを堪えながら、レグルスはライフルケースの蓋を開けた。 『んぅ? やぁレグルス、久しぶり! どうやら僕、死んじゃったみたい。……ごめんね?』  α-1.618033988【φ】の型番が彫られた銃身から発せられた懐かしい声を聞いたとき、ひび割れていたのは自身の心だと気が付いた。  レグルスは、初めて声を上げて泣いた。  次から次へと涙があふれて止まらなかった。泣いて、泣いて、まるで砕星銃がファイの亡骸であるかの様に抱きかかえ、声が枯れ果てるまで慟哭した。  最愛の友。たった一人の兄弟。肩を抱いて、手を取り合って、ともにこの世界を歩んできた半身は、もう何処にもいない。もう二度と帰らない。 『あぁ、泣かないでレギー。ごめんね、本当にごめんなさい』  それなのに、ファイと同じ声で、同じトーンで、生前のファイが言ったことのない台詞を吐くAIが、レグルスには心底憎らしかった。  最初にエースの称号を賜ったとき、ファイは自身の全てのデータを『星狩り』の本部に提供することに同意していた。それは、自身の脳を軍のコンピュータに紐付けすることで、もしも自分が【星】になったとき、自身の居場所を知らせて狩りやすくする、という目的もあったが、一番の目的は自身の死後、それまでの経験を訓練生に伝えるAI砕星銃の元データになるためだった。期間は、軍の倫理綱領に定められた通り「【星】になった自身の肉体が活動を停止するまで」。  砕星銃を支給された訓練生達は、AIの教官によって星狩りのいろはを叩き込まれ、やがて【星】としての師の肉体を破壊することで、次のエースへと成長していく。レグルスもファイも、そうやって一人前の星狩りになった。  だからレグルスも、次の世代へ星狩りの技術を継承しようとするファイの意志は、理解していた。しかし、その志に共感することは、最期まで出来なかった。 『来るよ』  φの短い警告とともに、餌に気が付いたファイが加速する。モニターに表示される距離がみるみる縮まっていく。あと少し、もう少し。トラップに嵌った【星】が、抜け出すまでの一瞬が猶予だ。 『僕に殺されちゃダメだよ、レグルス』 「はっ、余計なお世話だ」  レグルスが引き金に指をかけた矢先、モニターに赤い文字が浮かび上がった。 『──警告、新たな生体反応を確認。逃げてレグルス! 別の【星】がこっちに向かって来る!』 「なっ⁉︎」  レグルスは一瞬たじろいだが、すぐにまた砕星銃を構えた。 『ちょっとレグルス! 何のつもり⁉︎  逃げてってば!』 「駄目だ。やっとアイツを見つけたんだぞ!  ここで仕留める」  喚き続けるφを無視し、スコープを覗く。何日も探し回ってようやく見つけた相棒を、みすみす見逃すわけにはい。  せめて脚を破壊できればと機会を窺っていたのだが、そこで予想外のことが起きた。もう一体の【星】がファイに追突し、レグルスのすぐ側に縺れ込んできたのだ。【星】は獲物の気配に気が付くと、すぐに体勢を立て直す。  目が眩むような閃光が迫り、その顎が眼前で開いた。 『緊急事態コード04発生。緊急退避アシストシステムを起動──実行』  銃口から灰色の煙幕が噴射された衝撃で、レグルスの体が後方に吹き飛ばされた。体勢を立て直すことも叶わず山肌を滑落し、背中を強かに打って、そのまま意識を失った。
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