星狩りは独り征く

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『……ルス、レグルス! 起きて!』  はっ、と気が付いたレグルスは、身体中がズキズキと痛むのを堪えて、辺りを見渡した。どうやら崖を落下する途中で張り出した岩場に激突したらしく、下には奈落、上には身長の倍以上はある岩壁が聳え立っていた。 「……ファイ、は?」 『もう。君って奴は、いっつも起き抜けに僕を探すんだから……。そう遠くには行ってないけど、一旦傷の手当をしなきゃ』  φの言う通りだった。防護スーツは破れてこそいないものの、体中打撲している。一度安全な場所で傷の治療を試みるべきだろう。  改めて岩壁を見ると、岩肌のいたる所にボコボコと穴が空いている。ちょうど倒れていた足場の斜め上にある洞穴が、深く奥まで続いていそうだったので、レグルスは岩肌をよじ登った。  洞穴の中は地表よりいくらか涼しかった。乳白色の壁伝いにしばらく進んでいくと、突き当たりに大きな空間が広がっていた。天井にぽっかりと空いた穴から酸性雨が入って腐食が進んだのか、ちょっとした池が出来ており、光を反射して青藍の波紋を壁に描いている。  レグルスは防護スーツの治癒プログラムを起動させ、岩に背を預けて半ば倒れるように座り込んだ。スーツから皮膚へと薬剤が浸み込んでいく。全快までの予想時間は夜明け前ギリギリで、今日再びファイを追うことはほとんど絶望的だった。  周囲に危険がないかスキャニングしていたφが、思わずといったように歓声を上げた。 『凄いよレグルス! ここの岩、ほとんど珊瑚石灰岩で出来てる! きっとここ、大昔は海の底だったんだよ!』  つられて岩肌を見ると、確かに所々、何かの骨格の様な形や、貝殻が見て取れた。地殻変動によって海底の地層が隆起して山になったのだと理屈では解っても、不思議な光景だった。 『小さい頃、二人で海って一体どんなのだろうって話したの、覚えてる?』  覚えている。確かまだ初等教育学校に入りたての頃だ。当時は教師が口にする地上のこと全てが面白くて、夜通し自分たちの想像する地上のことを語り合っていた。  宝石を散りばめたような星空のことや、緑や紅に染まる山のこと、そこに立ちこめる翠嵐と、寄せては返す白波のこと。この惑星が死ぬ頃には、どこかの銀河と天の川が融合して、とても綺麗な夜空が見えるらしいと、ファイが力説していたこともあった。あの頃は当然のように、世界の終わりまで一緒にいるのだと思っていた。どちらかが片割れを置いて逝くなど、想像すらしたことがなかった。  レグルスが無邪気だった子供時代に思いを馳せていると、φも同じデータを解凍したようだった。 『それとほら、二人で長生きして、アンドロメダ銀河と天の川の衝突を一緒に見ようねって言ってたのも。約束、破っちゃってごめんね』 「別に。お前とは約束してない」 『冷たいな〜。……ねぇレグルス、どうしてそんなにAIの僕を嫌うの?』  φの問いかけに、レグルスはふん、と鼻を鳴らした。 「嫌ってなんかない。お前はファイじゃないから、ファイとして扱わないだけだ」 『心外だなぁ、僕は僕だよ。殉職後のデータ利用に同意した時から、一挙手一投足全てのデータを基地に提供したんだ。君が一番良く分かっているはずだよ? 僕の言葉も行動も、オリジナルと何ら変わりがないって。それなのに、どうして僕を抹消しようとするの?』  もしここに星狩りの仲間がいたら、きっと同じ質問をされるのだろう、とレグルスは思った。「せっかく相棒が戻って来たのに、嬉しくないのか?」と。 「確かにお前の受け答えは完璧だ。ジョークが下手なのも、ヘラヘラしながら強引な手段を使ってくるところも、アイツと全く同じ」 『だったら……』 「でもお前は、絶対にファイには成り得ない。どれだけ似ていようが、どれだけ精密だろうが、AIはAIだ。ファイが言えなかった言葉を別の存在が紡いでいることが、俺には受け入れられない」
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