星狩りは独り征く

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 AIに対する自分の考えを誰かに話したのは初めてだった。死後のデータ利用について軍に意志を問われたときも、レグルスは誰にも相談せず、拒否を選んでいた。  しばしの沈黙を破ったφの音声は、自身の存在を否定されたにもかかわらず、ひどく穏やかだった。 『君がそんな風に思っているなんて知らなかったなぁ。僕たち、ずっと一緒にいたのに、こういう話はぜんぜんしたことなかったね』  φはくすくすと笑うと、『僕はね、レグルス』と続けた。 『今の僕のようなAIの存在を、結構好ましく思っていたよ。確かに、僕たちAIは感情を持たない。今僕が君にかけている言葉は、大量に入力された生前のデータと、精巧に組み上げられたアルゴリズムから弾き出されたものだ。だけどそこには、生前の僕が言葉に乗せた感情が、ちゃんと含まれている。君と話していると楽しいことばかりで、他の感情を披露出来ないのが残念だけど、ね』  傍に立てかけた銃身のランプが、ピカピカとおどけるように点滅した。 『君が武器庫に来てくれた時、すごく嬉しかった。……ううん、変な言い方だけど、生身だった頃の僕は嬉しいと思った、って言うのが正確かな。僕はときどき、君より先に死んで砕星銃になっても、君と一緒に戦えたらどんなに幸せだろうって妄想してたから』 「…………」 『そしたら、本当に君が迎えに来てくれた。もしかしたら都合の良い夢(バグ)でも見ているんじゃないかって思ったくらい』  照れ笑いする相棒の顔が、レグルスの脳裏に浮かんだ。 『君とこういう話をしてこなかったことは後悔しているけれど、砕星銃になるって決めたことは後悔してないよ。だって僕は、僕が君を愛していたことを伝えられる。死んだ後だって、君を案じることが出来る。これは紛れもなく、生前の僕が切望したことだよ……だからね、レグルス』  φの音声が、かすかに震えた。 『帰ろう。僕は君に死んでほしくない。君を、殺したくないよぉ』  この涙声だって、ただのプログラムだ。ファイだったらこう反応する、という計算が弾き出した答え。レグルスはそう自分に言い聞かせ、頬の内側を噛んで瞬きを繰り返した。 「それは出来ない相談だ」 『レグルス……』 「それに、俺はお前を抹消したいからファイを狩ろうとしているわけじゃない。アイツの意志を継ぎたいと思ったから、今ここにいるんだ」  レグルスはわざと治りかけの傷に爪を立てて、自身を鼓舞しながら言った。 『僕の、意志?』 「星狩りの入隊選抜のとき、志願理由を聞かれて何て言ったか、覚えてるか?」 『……【星】の尊厳を、守るため』  レグルスはその時の光景を思い出し、あれは傑作だったと笑った。会場に居合わせた誰もが、色白で柔和そうな男から発せられた言葉に驚愕し、間抜けに口を開けていたのだから。  【星】になってしまった誰かが、愛する人や友人を傷付けずに済むように。人の肉を食し、蔑まれ、恐れられるのを防ぐために。不特定多数の人々に、変わり果てた姿を晒されることがないように。感染者を守るために狩るというファイの考えは、それまで【星】を駆逐すべき人類の敵であり、恐ろしい怪物として認識していた星狩り達に、大きな衝撃を与えた。  当然批判する者や、嘲る者もいた。【星】と感染者を同一視するなど、それこそ冒涜だと言う意見もあった。しかしファイは、それらの反対意見を決して否定せず、ただ淡々と圧倒的な実力で伸し上がり、その影響力を強めていった。 「お偉方に倫理綱領の改訂まで認めさせてさ、痛快だったよ。アイツは俺たちの憧れだった」 『…………』 「俺はファイが大切にしてきた想いを、アイツ自身に返してやりたい。それが俺に出来る、唯一の手向けだ」  他の奴には殺させない。誰かを害する前に見つけて、優しかったファイのまま葬ってやりたい。レグルスにとってそれは、信念に殉じた相棒への、最大限の敬意だった。 『……どうしようレグルス、今こんなにも君を抱きしめたいのに、この銃身(からだ)じゃ上手く出来ないや』  泣き笑いのような声で言うφを、レグルスは黙って抱きしめた。悲しいとき、嬉しいとき、こうして相棒と感情を分かち合ってきたことを思い出し、AIをよすがにする人の気持ちが、ほんの少しだけ、理解出来た気がした。
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