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どうしたいのかわかってる
※「どうしたいのかわからない」の続編です。
二人だけの更衣室。
視線を感じる。
あいつの視線。
更衣室のドアに背中を預け、腕を組み、俺を見ている。シャツのボタンを外す手を止め、小さく息をつく。
「なんで待ってんの? 早く体育館行けば?」
もう体育の授業はとっくに始まっている。前の授業で居眠りをしていた俺を、面白がった友人たちが置き去りにしたのだ。
俺がいないことに気づき、起こしにきたのはあいつだった。
「可哀想だから待ってるよ」
「見られてると脱げないんですけど」
──お前だと思って、抱いてる。
こいつは女を抱くとき、俺に置き換えているのだ。
意識せずにいられるか。
「俺が怖い?」
あいつが訊いた。
「気持ち悪い?」
重ねて問われ、俺は鼻で笑って「別に?」と答えた。
シャツを脱ぐ。
見られている。視線が、絡みつく。体中に、絡みつく。
首の裏が、ゾクゾクした。
腰が、甘く疼く。
震える指をベルトにかけたところで気がついた。
多分、あいつも気がついた。
ごまかしようもないほどに、股間が反応している。
「違う」
否定してみた。あいつは何も言わずにこっちに来る。
「違うって」
「うん」
逃げようと思えばできたのに。拒めばやめただろうに。
俺は逃げないし、拒まなかった。
ロッカーの扉が、ガタガタ鳴る音。
俺とあいつのむき出しの欲望が、こすれ合う。
声を殺し、体を揺する。
俺の名前を呼ぶあいつの声は、泣き声だった。
何も考えない。ただひたすらに、こすり合わせた。
終わったあと、あいつは俺をきつく抱きしめていた。
なんだかわからないが「悪くない」と思った。
あいつは女と別れ、俺たちは、付き合うことになるのだろう。
悪くない。
そう思ったのに。
その日の放課後、あいつはいつも通り、女を腕に絡みつかせて帰っていった。
次の日も、その次の日も。
ずっと俺を見ていたくせに。あれから一度も目が合わない。
どういうつもりなんだよ? なんなんだよ? お前が好きなのは、俺だろ? 早くそのクソ女と別れろよ。
胸倉をつかんで、怒鳴り散らしたい。
でも、できなかった。そんなことをするわけにはいかなかった。
俺は、待った。あいつから何かしてくるのを、待った。またあのときのように、理性を失くした獣の目で、俺を押さえつけて、蹂躙すればいい。
そうすれば、あいつのせいにできるのに。
校庭を歩く、あいつと女の後姿。教室から見送るのが日課になった。窓ガラスにこぶしを押しつけ、歯噛みする。
俺を見ろ。
俺の名前を呼べ。
切なそうな泣き声で、もう一度俺を呼んでくれ。
窓を開け、大きく息を吸う。
叫んだ。
あいつの名を、腹の底から絞り出す。
校庭を歩く生徒たちが、動きを止めて振り返る。あいつの女も振り返る。
立ち止まって振り返っていた全員が、何事もなかったように再び動きだした頃、あいつがゆっくりと校舎を振り仰ぐ。
目が合った。
ようやく、俺を見た。
女を振りほどき、こっちに来る。校門に向かう生徒の流れに逆らって、一人、校舎に戻ってくる。
俺を見上げるあいつの顔は、満足そうに笑っていた。
〈了〉
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