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ある日、営業の一年先輩である竹中が歩きながら「彗ちゃんさ、この前の金曜。男とホテル入っていったよな? たまたま見かけちゃってさ」と、色々な意味で際どいことを言い出した。
「竹中さんこそ入ったんじゃないですか? ホテル」
あの辺り一帯はホテル街だ。彗を見たと言うなら竹中だってそういうホテルに行ったに違いない。
「彗ちゃんカレシいたんだな」
見事なまで彗の質問を無視し、勝手に結論づけてスマホを改札口に翳した。
「いたらおかしいですか?」
同じ取引先に行くのに竹中の歩幅はいつになく大きい。慌てて彗も改札口にスマホを翳すと構内に入っていく。
「ふーん、カレシじゃないだろアイツ」
二番ホールに降りていくと竹中が言った。昼間はさほど混んでいないホールに二人で横並びをし、電車が来るのを待った。
「セフレとかガラじゃないのになぁ」
「断定しないでください」
特急が二人の前を通過していく。おろしていた彗のロングヘアをサッと掬って去っていった。警告を促す駅のテロップが消えた。
「セフレかぁ。なら、俺と付き合うか?」
「あんまり軽いとホームに落としますよ」
竹中の顔が整っていても、営業で培った人当たりの良さをもってしても、彗は竹中と付き合う気はない。そもそもこれは冗談に営業トークを交えた竹中節なのだ。
「お前可愛いのに……セフレでいいのか? 遊ばれてんだぞ」
「それセクハラですよ」
「うるせぇよ。心配してやってんのに」
心配しているからといって、無闇やたらと傷付けていいわけない。ぱっくり割れた傷口に塩を塗る行為だ。悲鳴をあげてもいいくらいだ。
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