衝動カクテル

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「したくない?」  傷ついたような物言いが彗を傷つける。 「その言い方やめてよ」  黙った柊にまたしても心に強い圧が掛かって、消えてなくなってしまいそうだった。 「もう、やめよう。こんな無意味な関係」  この関係に無意味と付けた自分にまた傷つく。何もかも後回しにして関係を続けてきた代償が一気に襲いかかってきているのだ。 「あの人がいいのか? 昨日昼飯一緒に食ってた奴」  確かに柊の職場に近い場所で竹中と昼食をとった。    大きなアメリカンスタイルのハンバーガーを出す店だ。彗のハンバーガーからピクルスを取って口に運ぶ竹中の表情が浮かんでいた。ただピクルスを食べているだけだ。何も言わずピクルスを抜く竹中の行為がたとえ単なる先輩と後輩の域を超えていても、意味はない。柊が見ていたのは偶然だろう。責められるようなことではないし、責められるような関係ではない。  あの人(竹中)が良いと言えば柊は引くのだろう。いや柊が納得して、二人は二度と肌を合わせなくなるのだと理解していた。  心とは裏腹にバラードがサビに差し掛かっている。 「違う。ただ、もう終わりにしたいだけ」  ここまで来るのに、何百、何千、何万回、言い訳をしてきただろうか。  振り返った彗と柊は真正面から向き合って互いに言葉を探り合う。柊は乾いた唇を舌で湿らせてそのまま食んだ。沈黙を埋めるこのバラードを彗は暫く聞きたくないと思うだろう。いや、一生聞きたくないかもしれない。 「……連絡はしてもいいか?」  最後に柊が探し当てた言葉はそれだった。付き合っていない関係なのに、別れ話のようで彗はとうとう涙が頬を伝っていく。 「もうエッチしないよ。それでもいいなら」  感情はコントロール不能だ。感傷的で、それでいて僅かに怒り、どこかで山ほどの後悔をしている。  さよならは言わなかった。それなのに彗は人目を気にせず涙を流し、帰路についた。  服を脱がなかったことも、夜のうちに互いの家に帰って行ったことも、初めてだった。 「柊が好き。大好きなのに……」  好きだとはっきりと言い、大泣きして帰ったのも初めてだった。
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