虹翼戦記【外伝】白い華降るころ

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「……なんでしょうか」  すっかりあがった息をなんとか整え、次の鍛錬(とでも思わなければやっていられない)に備えるべく覚悟を決めて問いかけたクラウスに、身につけているのは上下とも薄手の下着だけという、彼からすればもはや正気を疑う格好となった幼児(こども)がとたとたと駆け寄ってくる。  背中まである紺色の髪を後ろで束ねた姿で、幼児(こども)は自分よりずっと高い男と視線をあわせる。髪と同じ色の瞳が冬の弱い陽光をうけ、一瞬青紫晶(アピリス)の色にきらめいた。 「もう帰ろ」  幼児(こども)特有の突然の気まぐれ。  だがその瞬間、クラウスは神の声を聴いた巫女もかくやの心境になった。  その言葉をこそ、ずっと待っていたのだ。 「お帰りですね、分かりました。では、馬をつないだところまでまいりましょう」 「あ、なんかクラウス嬉しそうになった」  当然である。 「クラウスも、馬に乗るの好きなんだね!」 「……ええ」  こういう美しい誤解は解かぬが花というものだ。  それにまあ、乗馬が嫌いではないのは本当のことだし、なにより()(かつ)な返事をして前言を撤回されてはたまらない。 「——っと、その前に」  がっし、とまた離れようとしていた幼児(こども)の襟首を素早くつかむ。  この悪童は本当に、全くもってじっとしていない。  これで名前が「思慮深き者」を意味するというのだから、名が(たい)を表さぬことはなはだしい限りである。 「どこへ行くんですか。ちゃんと服を着てください」 「えー、だいじょぶだよ、まだあっついもん」 「なら『あっつい』うちに着てください!」  重ねて強く(うなが)すと、だってあついんだってば、と先ほどまで数限りなく聞いた言い訳をぶつぶつと呟きながらも、幼児(こども)はそれ以上の抵抗はせず、おとなしく服を着はじめた。と、 「ふぃっくしょん!」 「ほら見なさい」  盛大なくしゃみを弾けさせた幼児(こども)に、間髪をいれずクラウスの突っこみが入る。  途端に幼児(こども)はじとっとこのうるさい大人を睨み、唇を尖らせた。 「さっき急につめたくなったの」 「……いいから着てください。手伝いますから」  傍に(かが)んで、クラウスは幼児(こども)が服を着るのを手伝ってやる。  その憎まれ口にこれ以上取りあう気がなかったというのもあるし、ただの感覚だが本当に冷えてきたという危機感もあった。  降りはじめが近いかもしれない。  幼児(こども)のためにも、早く帰ったほうがいい。
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