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いつもならこの悪童は、楽しかっただの次に来たらなにしよっかだの、何やかやと陽気にしゃべりちらしてくるのだが、今日に限ってはやけにおとなしい。
(……まだ、さっきのことがあるのだろうか)
珍しく口を噤み、どこか虚ろな瞳のまま足を動かしている幼児に、クラウスはなにか声をかけようかと迷ったが、生憎とこんな状況でどんな言葉をかけたらよいかなどということは軍の訓練でも教えてはくれなかったので、さんざん迷い、迷った挙句にクラウスも口を開くことなく、そのまま沈黙のうちにふたりは馬のもとへと着いた。
「……着きましたね」言わずもがなのことを確認し、クラウスは幼児を見やる。
「うん」
「先に鞍へ上げますよ」
「うん」
淡々とした様子に、やはりなにか声をかけるべきだったかと今さらながら後悔する。
普段ならぴょんぴょん飛び跳ねながらはやく乗っけてはやくとはしゃぎ、馬が驚くから静かにしてくださいと注意するのが常なのだが。
ひとつ首を振ると、クラウスは幼児の身体をひょいと持ち上げ、いつも通り前向きに鞍へと乗せた。
木に巻いた引き綱を解くと手綱を握り、地を蹴って幼児の後ろに跨る。
「行きます」
「——あ、待って」
またも異例の展開に、クラウスは驚いて幼児を見下ろした。
ここで制止が入ったことなど、それこそ未だかつてない。
「どうされました?」
「え、っと……」
幼児はなぜか萎縮したように——いや、なぜか照れたように言い淀み、鞍にかけた手をもじもじと動かし、そして意を決したように顔を上げた。
「あの、後ろ向いていい?」
「え?」なにか無理難題をふっかけられるのかと身構えていたクラウスは拍子抜けして口ごもる。
「え、ええ、構いませんとも。——足を上げてください」
言いつつ自らは脚に力をこめて身体を固定すると、クラウスはいったん手綱を咥え、空いた両手でいちど幼児をぐっと持ち上げた。
そしてその身体をくるりと後ろに向かせ、また鞍へと下ろす。
「これでよろしいですか?」
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