5人が本棚に入れています
本棚に追加
「うん」
クラウスと向かい合わせになった幼児は、ようやく嬉しそうに頷くと——この任務のため甲ではなく厚手の冬服をまとったその身体に腕を回し、ぎゅっとしがみついてきた。
「!」
ふいをつかれてクラウスの心臓の鼓動が一拍とんだ。
なんだかよくわからないが、顔が紅潮するのが自分でも判った。本当によくわからないが。
よくわからないので——なんとか落ち着こうと、クラウスはする必要もない注意を口にする。
「え、ええと、……ちゃんと捕まっていて、ください」
「うん」
冬服に顔を埋めたまま幼児が頷く。
その返事は、短くはあったけれど、やはり嬉しそうに弾んでいた。
いつもはなにかと手を焼かせる、気まぐれでやんちゃで生意気で、目を離すとすぐどこかに行ってしまうこの幼児が、こうして自分から抱きついてくるという事象を目の当たりにして、クラウスはなにやら胸がむず痒いような、それでいてほわっと暖かくなるような、なんとも妙な感覚に襲われた。
なんなのだろう、これは。
いまの自分にはわからない。わからない。
……けれど。
ただひとつ言えるのは——今この瞬間、この幼児はクラウスを必要としてくれている、ということだ。
親でも、きょうだいでもない、役目として傍にいるだけの自分を。
(——ああ)
我ながら、なんて単純な男だろう、と心のなかでクラウスは自戒する。
普段は、自分の境遇に泣きも喚きもしないこの気丈な幼児が、こうして珍しくも「幼児らしく」頼ってきた——それだけ、たったそれだけで、今の今まで駆けずり回らされていたあの労苦を、疲れを、ころりと忘れてしまえるなどとは。
それでも。
(あたたかいな)
厚手の服地越しでも伝わってくる幼児のぬくもりに、思わず笑みが零れるのがわかった。こんな滅多にないことは、もう少し味わっていたい気もする。
が——
(……帰らないと)
名残惜しさを感じつつも手綱を握る手に力をこめる。
と、ふっと視界を白いものがよぎった。
(!)
はっと上にむけたその眼に、灰色の雲が重く広がる空が映りこんだ。
そのはるか彼方の高みから、幻のように、白くちいさな無数の欠片が、あとからあとから舞い落ちてくる。
最初のコメントを投稿しよう!