虹翼戦記【外伝】白い華降るころ

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「うん」  クラウスと向かい合わせになった幼児(こども)は、ようやく嬉しそうに頷くと——こののため(よろい)ではなく厚手の冬服をまとったその身体に腕を回し、ぎゅっとしがみついてきた。 「!」  ふいをつかれてクラウスの心臓の鼓動が一拍とんだ。  なんだかよくわからないが、顔が紅潮するのが自分でも(わか)った。本当によくわからないが。  よくわからないので——なんとか落ち着こうと、クラウスはする必要もない注意を口にする。 「え、ええと、……ちゃんと捕まっていて、ください」 「うん」  冬服に顔を(うず)めたまま幼児(こども)が頷く。  その返事は、短くはあったけれど、やはり嬉しそうに弾んでいた。  いつもはなにかと手を焼かせる、気まぐれでやんちゃで生意気で、目を離すとすぐどこかに行ってしまうこの幼児(こども)が、こうして自分から抱きついてくるという事象を()の当たりにして、クラウスはなにやら胸がむず(がゆ)いような、それでいてほわっと暖かくなるような、なんとも妙な感覚に襲われた。  なんなのだろう、これは。  いまの自分にはわからない。わからない。  ……けれど。  ただひとつ言えるのは——今この瞬間、この幼児(こども)クラウス(じぶん)を必要としてくれている、ということだ。  親でも、きょうだいでもない、役目として傍にいるだけの自分を。 (——ああ)  我ながら、なんて単純な男だろう、と心のなかでクラウスは自戒する。  普段は、自分の境遇に泣きも(わめ)きもしないこの気丈な幼児(こども)が、こうして珍しくも「幼児(こども)らしく」頼ってきた——それだけ、たったそれだけで、今の今まで駆けずり回らされていたあの労苦を、疲れを、ころりと忘れてしまえるなどとは。  それでも。 (あたたかいな)  厚手の服地越しでも伝わってくる幼児(こども)のぬくもりに、思わず笑みが(こぼ)れるのがわかった。こんな滅多にないことは、もう少し味わっていたい気もする。  が—— (……帰らないと)  名残惜しさを感じつつも手綱(たづな)を握る手に力をこめる。  と、ふっと視界を白いものがよぎった。 (!)  はっと上にむけたその眼に、灰色の雲が重く広がる空が映りこんだ。  そのはるか彼方の高みから、幻のように、白くちいさな無数の欠片(かけら)が、あとからあとから舞い落ちてくる。
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