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「雪——」
「ゆき?」
その呟きに幼児がぱっと顔をあげた。
紺色の瞳をきらきらと輝かせ、ぐうっと顎を反らせて天を見つめる。
「ほんとだ! 雪だね!」
「ええ、——」
どこか浮ついた心地のまま応え——次の瞬間、ぎくりとする。
いや待て。
この場合もしかして、「やっぱりまだ遊ぶ」だのと衝撃の宣告が下るのではなかろうか。
慄くクラウスの胸中にも気づかぬ様子で、幼児は無邪気に笑いかけた。
「きれいだね! クラウスのあたまとおんなじ!」
——〝きれいだね〟
確かに下った。
違う意味での「衝撃の宣告」が。
「……きれい、ですか」
「うん。真っ白できれい。クラウスのあたまも、おんなじ。真っ白で、きれい」
それが当然とばかりに幼児は繰り返す。
彼が内心では忌み嫌う、その髪の色は「きれい」だ、と。
(——ああ、本当に)
本当に、きょうは異例づくめの日だ。
そのような言葉にどう答えればよいかというのは、やはり軍の訓練では教わってはいない。
違う返事のほうがいいのかもしれない。
それでもクラウスの口からは、自然にその言葉が零れでた。
「……ありがとうございます」
この刻は、雪が運んできてくれたのか。
それとも、寒くとも外で遊びたいという幼児のその願いを叶えてやったことへの報いとして、神々がくれた贈りものなのか。
が、そこで視界を遮る白い一片にクラウスははっと我に返った。
改めてまわりを見回すと、さっきより目に映る雪が多くなっている気がする。
いけない。
ひどくなる前に帰らなくては。
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