5人が本棚に入れています
本棚に追加
「——、そうだ」
片手を手綱から離し、クラウスは鞍に括った荷物袋から一着の外套を引き出した。
早くも自分と、そして幼児に薄くかかった雪を手早く落とし、ばさりと外套を広げると、幼児ごとその中に包み込んで前を合わせる。
「景色は見えませんが、我慢してください」
「だいじょうぶ」
幼児が答え、そしてきゅ、とちいさな両の手に力がこもる。
彼の口許がそれに思わず綻んだ。
声には出さぬまま、彼も幼児に応える。
ええ。——私も、大丈夫です。
「行きます」
馬腹を蹴る。
騎手に応え、馬が走りだす。
それはいつもの風の如き速さではない。
さりとて散歩ののろさでもない。
早く帰らねばとの焦りと、まだ帰りたくはないという心残りと、それらがないまぜになったような中途半端な駆歩で、馬は最短の道ではなく、街壁をまわる外周路へと向かう。
仄かなぬくもりをのせ駆けていく、その蹄あとに白く雪が降りつもる。
彼の髪と同じ、忌み嫌われようと、疎まれようと、ただ在るがままの、混じりけのない白い雪が。
次々に天から舞い降りる雪は、彼らの軌跡を覆い隠し、静かにその裡に包みこんでいく。
それは、無粋な誰かにふたりが見咎められることなどないようにと、神々が配慮したかにみえた。
——終——
最初のコメントを投稿しよう!