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寒い。
きょうは風がひときわ身に沁みる。もう冬だ、初雪が降るかもしれない。
——だというのに、
「クラウス! こっちだよ、ここまでおーいで!」
この底なしの活力はなんとかならぬものだろうか。
小高い丘の中ほどで、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら急かしてくる幼児を半ば虚ろな眼で見つつ、男は自棄ぎみに足を振りだした。
再び自分のほうへと駆けてくる男に、齢は五、六歳ほどに見えるその幼児が、きゃあー、と歓声をあげてまた走りだす。
フローレス王国の南の国境、シェーンヴェルド山脈近くに位置する、街が壁に囲まれた城塞都市ローデリンク。
男と幼児が追いかけっこをしているのは、その街壁の外にひらけた緑地である。
クラウスと呼ばれたその男は、街を治める将軍ウルグ直属の「護衛隊」——実は、この街には尊き王族のかたがたが長期にわたり滞在中なのだが、その貴人を護るための部隊が存在し、彼はその歴とした一員であった。
そう。剣で王のご家族をお護りするのが自分の役目。
幼児のお守りでは断じてない。
「あはは! クラウス、おそーい!」
……ないはず、なのだが。
クラウスは汗を拭う。
吐く息が白い。
短く切られた彼のその髪も真っ白だが、顔だちは意外に若く、あわせて見るとせいぜい四十歳前後といったところだろうか。
しかし今、彼のその表情には、疲労の影が色濃く滲んでいる。
空は薄曇り、しかも雪が降るやもしれぬほどの厳寒のなか、かれこれ一ターム(二時間)ばかりこの幼児に付きあわされ、クラウスはもう街に帰りたくてたまらなくなっていた。
鬼ごっこ、かくれんぼ、駆けっこ。はじめこそ童心に帰って多少は心が弾んだものの、こんなに長い時間ずっと走ってばかりでは(しかも幼児は飽きる様子がない)、楽しさも愉快さもシェーンヴェルド山脈の彼方まで吹っ飛ぶというものである。
おまけに、この悪童はこの寒さだというのに、暑くなったなどと嘯いては着ている服をぽいぽい脱いでいってしまうのだ。
風邪をひくから止めてくださいと無理やり着せても、「だって暑い」の一言のもとに無情にもまた脱ぎ散らかされていく。
仕方がないので、落穂拾いの如く脱いだ服を拾い集めつつ、世の親たちに魂の底から尊敬の念を抱いたところで「クラウスー!」とお呼びがかかった。
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