第37話 未熟な想い

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第37話 未熟な想い

「ふむ……。どうやら、私も油断が過ぎたようだな。  真っ先にわが秘術を封じにかかったところを見ると…、こうなること…、  私と戦いになることを予想はしていたか?」 その乱道の言葉に、真名は答える。 「いや…まさか…直接戦いになることは予想しなかったさ。  死怨院呪殺道に対しては常々警戒はしていると言っただけのことだ。  そもそも、私を…潤を直接襲う意味など貴様にはなかろう?」 その真名の言葉に乱道は笑う。 「謙遜をするなよ蘆屋真名…。  少なくとも貴様は、あの東京暴動を止められた過去があるからな。  十二月将を見事に返り討ちにしてくれたし…な。  貴様は…私にとって、第一に警戒すべき相手となっているのだぞ?」 乱道はそう言うと天に向かって右手を上げパチンと指を鳴らす。その音に呼応するかの如く十二体の影が現れた。 一体は、黒い龍麟を持つ10tダンプカーほどの巨大な猪。『徴明(ちょうめい)』 一体は、馬ほどもある、黒い龍角を持った犬。『河魁(かかい)』 一体は、人間ほどもある、黒い龍角と赤いトサカの鳥。『従魁(じゅうかい)』 一体は、龍尾を持った人間ほどもある大猿。『傳送(てんそう)』 一体は、龍尾を持つ羊。『小吉(しょうきち)』 一体は、深紅の炎のような鬣をした龍角のある馬。『勝先(しょうせん)』 一体は、龍角のある、人を一飲みできるほどの大きさの大蛇。『太一(たいいつ)』 一体は、かのアールゾヴァリダに似た、全身に多くの傷を持つ黒い龍神。『天罡(てんごう)』 一体は、鋭い牙を持つ黒いうさぎ。『大衝(たいしょう)』 一体は、龍麟を持つ黒い虎。『功曹(こうそう)』 一体は、龍麟を持った巨大な牛。『大吉(だいきち)』 最後は、黒いネズミの群れ。『神后(しんこう)』 それは、死怨院乱道が誇る十二の式神…十二体の凶悪な神霊であった。 「いきなり全力か…  これは、藪をつついて蛇を出してしまったか?」 真名はそれらの姿を見ておかしそうに笑う。 それを見て乱道が答える。 「いや? 本当のお前の実力からするとこの程度の戦力で当たるのは当然であろう?  蘆屋真名…蘆屋の夜叉姫」 それを聞いて苦笑いしつつ真名は言った。 「いや、それはさすがに私を上に見すぎているだろう?  こっちは使鬼を三体しか連れていないぞ?」 「クク…謙遜をするなといったろう?  お前はいまだかつて本気を出したことはないだろう?  いや、ある理由から本気が出せないということだったか?」 「ふむ…どこからの情報かは知らないが…。  どうやら、隠す必要もないのかもしれないな」 その乱道の言葉に、真名は眼を細くして薄く笑った。 ……………………………… 「?!」 その瞬間、潤に戦慄が走った。 いきなり真名の霊力が変質したのである。 「え? なんで?  これって霊力じゃない?!  妖力?!」 …そう、今真名から感じられるのは、人間か標準的に持つ霊力の光ではない。 妖魔族が持つ妖力…、人外の存在しか持たないはずの『妖魔の霊力』だったのである。 その時、真名の姿は少し変異していた。 瞳が赤く輝き、その瞳孔が縦に割れ明らかに人ならざる目になった。 爪が鉤爪のようになり、口から牙が生えた。 その髪の先端が赤く炎のように波打った。 それは、まさしく一体の夜叉女であった。 (これって…、あれは本当に真名さんなのか?) 霊質根本からのその変貌に、潤は驚きを隠せなかった。 …でも、潤にはその変貌の理由に思い当たる節が一つだけあった (そういえば…) それは、かつての修行の日々に… (真名さん…。真名さんって非殺生の禁をしてるんでしたね) (ああそうだ。それがどうかしたか?) (今まで真名さんが使ってきた術には、それが必要な術はなかったような気がするのですが?) (まあな…。これは、私の切り札中の切り札のための禁だからな) (それって…どんな術なんですか?) (いや…おそらく、人生の終わりまで使うことはないだろうさ。  この術は、どうしても勝つ方策の思いつかない最後の最後に使うものだから、そんな時は私自身考えてはいない。  そもそも、その術を習得するという名目で、非殺生の禁を正当化しているだけのようなものだ) 真名はそう言って髪を結っている髪飾りに触れる。 それは決して忘れない、自身の決意の証。 (…まあ、もしその術を本当に使うとしたら…、  多分、私は自身の命を懸けている…、その戦いの先に自身の命があることがわからない…、  本当の意味で命がけの戦いのときだろうさ…) そう言って笑っていた真名のことを潤は思い出す。 (真名さん…まさか…) その時、潤は、真名の悲壮な決意をはっきりと感じ取っていた。 ……………………………… (…まさか、本当にこの術を出さざざるをえん時が来るとはな…) その時、真名は心の中で一人想っていた。 (相手は、乱道と十二月将…。  この状態の私でも、果たして勝てるかどうか?) 真名にとって、この術はある意味『諦め』と同意である。 もはや勝つ見込み…戦術が思いつかないときに、選択する最後の手段。 それは、真名にとっては最も選択したくない選択支。 しかし、この状態の時の真名は、明確に蘆屋道禅(無論、全盛期の…)をはっきり超えるといってよい。 もちろん、この術は一回使用すると、再使用に長期の準備期間を必要とするが。 真名は強大な妖力を纏いながらこぶしを握る。 その身が、妖魔の血によって浸食されていくのがはっきりと感じられる。 制限時間はそんなに長くはないだろう。それを超えれば、自身の魂は人のものではなくなる。 常に身と魂を清めているからこそ、ある程度の時間の間、血の浸食を抑えることができる。そのための『非殺生の禁』であった。 もちろん、周囲に妖魔の仲間がいるから妖魔化自体はそれほど怖くはない。 しかし、この術による妖魔化は、強制的で早急なものであるため、そうなったとき殺戮衝動に侵され、多くの人を殺す悪鬼となるだろうことが予想できる。 だからこそ、めったなことでは使わない、使いたくないのだ。 (急いだほうがいいな…) 真名は、その心の奥から湧き上がる衝動に耐えながらそう考えた。 一気に乱道へ向けて加速する。 <蘆屋流裏秘法・天魔合身(てんまごうしん)> まいる! それは、かの天羅荒神の加速すら超える超加速。 「ち…、なるほど!  自らを神霊…天魔と同じにして、その権力を得たか?!  …いや、無論それだけではあるまい?!」 乱道はそう叫びつつ印を結ぶ。 「バンウンタラクキリクアク」 <逆五芒星結界> しかし、その呪は真名の拳によって、あっさり打ち砕かれる。 拳一閃。 グチャ! 一撃で乱道の身体が、胴から二つに泣き別れる。 しかし… 「ち…、神后!!」 次の瞬間、乱道の身体が無数の黒ネズミの群れに姿を変える。 そのまま飛び散った黒ネズミの群れは、再び別の場所に集まって人型を作る。 「わが多重の防御結界を一撃で砕くか!!!」 そのまま、黒ネズミの群れは乱道に姿を変える。 その表情には、あきらかに驚きが感じられた。 「…天魔との魂の合身…、  さらに…、土地神との契約か…。  なるほど、その術は蘆屋一族の神格の支配領域でこそ、最大の力を発揮するのか!!」 「その通りだ馬鹿め…。  蘆屋八天のおひざ元で奇襲したのは迂闊だったな…」 「どうやらそうらしい…」 乱道は、真名のその言葉に歪んだ笑みを見せた。 「だったら…こいつで!!」 乱道は、河魁と大吉に心の中で命令を下す。 両者は乱道のもとに集って、その身から霊威を放出する。 「む?!」 その瞬間、真名に顔がつらそうに歪む。 (精神…攻撃…か!) そう、それは神格すら狂気に落とす凶悪な精神浸食波。 その霊威を受けて、真名の動きが目に見えて遅くなる。 「傳送!」 乱道がそう叫ぶのと、その乱道が真名の背後に現れるのは同時であった。 (瞬間…転移?!) 乱道がその指を剣印にして一気に横に凪ぐ。 真名の身から血しぶきが飛んだ。 「く!!」 真名はその強化された感覚によって、急所を寸でのところでかわす。 「この!!」 そのままカウンターでこぶしを乱道に叩き込む。 今度は、乱道の頭部がカボチャが割れるように弾けた。 だが、それも一瞬で黒ネズミの群れに変わる。 そして再び人型を取ると、乱道の姿に変じる。 乱道は叫ぶ。 「徴明!! 従魁!! 勝先!!」 その瞬間、乱道の周りにすさまじい水流の渦が… 何百もの人の腕ほどもある針の群れが… ビルを一飲みにして灰にできそうな炎の渦が現れる。 気合一閃、その力を真名に向けて放つ。 「はあ!!!!!!」 真名はその背から二対の霊装怪腕を開放し印を結んだ。 【土克水】 【火克金】 【水克火】 一瞬で、三つの法則が顕現する。 それは、まともな人間なら展開できないはずの多重防御。 神霊を穿つ三つの奔流を一瞬に打ち消す真名。 「カカ!!!  すごいぞ蘆屋の夜叉姫!!!  ヒトの身でそこまで至ったか!!!!」 乱道は驚きつつ満面の笑みで真名に答えた。 (無論、少々無理はしてるんだがな…) 真名は心の中で、浸食されていく自分と戦いつつ考える。 (物理攻撃は、あの神后という式神の能力でかわされる…か、ならば…) 再び真名は乱道との間合いを詰める。そして…、 「はああ!!!!」 拳一閃、乱道の胴体が千切れて真っ二つになる。三度黒ネズミに変わる乱道。 「逃がさん!!!!」 今度は、真名はそれを見逃さなかった。 印を結んで呪を唱える。 「ナウマクサラバタタギャーテイビヤクサラバボッケイビヤクサラバタタラタセンダマカロシャダケンギャキギャキサラバビギナンウンタラタカンマン」 真名の妖力が爆発的に上昇する。 「東方・降三世明王、南方・軍荼利明王、西方・大威徳明王、北方・金剛夜叉明王、中央・大日大聖不動明王…。  かの五大明王の聖炎をもてあらゆる凶事・悪心・天魔を調伏する」 <蘆屋流真言術・天魔焼却> 真名の手のひらから紅蓮の炎が吹き上がった。 「!!!!!!!」 黒ネズミの群れは、その炎にまともに巻き込まれる。 そのまま炎の塊になり、その形は人型に変じた。 「があああ!!!!!」 乱道は全身から炎を噴き上げながら転がる。 その身を焼くのは五大明王の聖炎…、乱道にとってはただ死ぬより苦しい魂すら焼く痛みである。 そのまま、炎は乱道の身を灰に変えていく。 「があ…はあああ!!!  太一!!!」 次の瞬間、乱道のその身を焼く炎がはじけて消えた。 その近くには、龍角のある、人を一飲みできるほどの大きさの大蛇が、何やら杖のようなものを咥えて佇んでいた。 「ぐ…ふ…」 乱道は苦しみに顔をゆがませながら立ち上がる。 真名は一瞬で見抜いた。 (あの大蛇が咥えている杖…  火伏の呪物か…それもかなり強力な…) …そう、それはその通りであった。しかし、 【もうしわけありません…乱道様…。  あの呪…消すことができるのは…】 「あと一回か…」 乱道は、大蛇が咥えている呪物を見る。 それにははっきりと、ヒビが見て取れた。 「いや…楽しい…。  久しく感じるぞ…この気持ち…  あの…、忌々しき蘆屋道仙との闘い以来か…」 乱道はかつての宿敵の顔を思い出していた。 奴が最後の最後に扱った術こそ、今真名が使用している<天魔合身(てんまごうしん)>だったのである。 かの末裔である真名も使えるだろうとは予想していたが…、 ここまで使いこなすのは、相当な修練のたまものだろう。 乱道にはそれが理解できた。 …だから、 「クク…。その呪の弱点…。  見せてやろう…」 その言葉に真名はびくりとなる。 「何?」 「私がかつての宿敵の呪を忘れるわけがない…。  そのための準備もしている…  なあ? 天罡?」 その乱道の言葉と共に、黒い龍神がその鎌首を持ち上げた。 そして、大きく咆哮をあげる。 「く?!!!!!!!!!」 それは、真名の心を搔きむしる強烈な咆哮。 一瞬にして、殺戮衝動が加速する。 「カカカカ!!!!!  その術が制限時間を持つことは知っておる!!!  そしてその加速方法もな!!!!」 「く…そ!!!!」 真名は、その心の浸食が一気に進むのを感じていた。 (まずい!!! 一気に持っていかれる!!!!) 真名は心の中で焦って叫ぶ。 心の浸食が加速していく。 「カカカ!!!!」 乱道の嘲笑が響く。 そして… 「やれ!! 十二月将!!!!」 十二体の神獣が真名のもとへと殺到する。 「く…」 真名はとっさに自身の使鬼を呼ぶ。 【真名様!!!】 酒呑百鬼丸が打刀を振るいつつ真名に心配そうな声をかける。 土蜘蛛静葉がその手から妖縛糸を投げて殺到する敵を押しとどめようとする。 さらに、目を隠した大柄な男『大口』もまた、その姿を現し十二の神獣に相対している。 <蘆屋流鬼神使役法・火天紅炎斬> 河魁と傳送が消し炭に変わる。 <蘆屋流鬼神使役法・妖縛糸不動羂索> 従魁と勝先が動きを止める。 <蘆屋流鬼神使役法・神轍額刃> 大口のその凶悪な牙が、大衝と功曹を砕き散らす。 だが多勢に無勢、完全にはそれを押しとどめられない。 徴明がその突角で真名を吹き飛ばす。 「くあ!!!!」 真名はたまらず、血反吐を吐きながらその場に転がる。 (このままではまずい…。  何とか…) 弱っていく心を何とか押しとどめて立ち上がる真名。 しかし、乱道はさらなる追い打ちをかける。 「蘆屋の夜叉姫よ…。  もうそろそろ遊びはやめようか?」 「何?」 「あそこにいる、お前の大切な者たちがどうなってもいいのか?」 「な?!」 その言葉に真名が乱道をにらむ。 「フフ…  私としてもこの手は使いたくはなかったが…  これ以上抵抗するなら仕方がない…。  私は…」 その次の言葉に真名は嫌なものを感じた。 「お前を無傷で手に入れねばならんのだ…」 「貴様…」 真名は呻きながらそう答える。 そう、乱道の目的は「邪魔な敵を奇襲して殺すこと」ではなかったのだ。 その目的こそ… 「蘆屋真名…、  欠落症を患ってもなお生き続けて、その身と魂を鍛えた者…」 「貴様…まさか」 「そう…初めから私の目的は、お前を生きて、無事にとらえること…。  わが研究の…最高の実験体になりうる魂の持ち主…  蘆屋真名…」 それこそが、真名の前に乱道が姿を現した真の目的であった。 「妖魔に取り込まれてからでは遅い…。  そうなる前のお前にこそ意味はある…」 乱道は獅道や潤の乗る車に手のひらを向ける。 「仲間を死なせたくなくばその呪を解け…」 そう冷酷に告げた。 「そんな脅しに乗ると思うか?!  結局、二人を殺すだろう?!!」 だが乱道は笑みを消して答えた。 「いや? 約束は守るさ…。  お前を手に入れれば、ほかの者になど興味はない」 「…」 真名は額に皴を寄せて乱道をにらむ。 「どうする? 真名…。  二人を見殺しにするか?」 乱道はいたって真面目にそうつぶやく。 真名は…、しばらく考えた後こう言った。 「脅しは無駄だ。  お前から身守ることくらいなら今の潤はできる!!!」 真名はそう叫んで印を結んだ。 (もう時間的余裕はない!!!!  最後の最後の賭けに出る!!!) 真名は心の中でそう叫んで呪を完成させる。 「ナウマクサマンダボダナンアビラウンケン…」 <蘆屋流秘法・森羅万象(しんらばんしょう)> その身に地脈が接続され、膨大な霊力を供給し始める。 その時その場にいたのは、かの蘆屋八大天・毒水悪左衛門をも超える一体の夜叉女であった。 「おお!!!!!」 咆哮と共に、真名が駆ける。 それに向かって十二月将の残りが殺到するが一瞬にして煙に変えた。 「ち!!!!  死に急ぐか!!!」 乱道はそう叫ぶ。 乱道には見えていた、その真名の魂が悲鳴を上げ崩れ落ちようとしているのを。 度重なる限界を超えた呪は、真名の魂を徹底的に壊しつつあった。 森羅万象による魂の崩壊が一気に加速されていた。 (奴はここで仕留めないと…!  これから多くの悲劇が起こる!!) 真名は決意を込めてその拳をふるう。 その拳が閃光となって乱道へと殺到する。 「そんなもの!!!」 乱道は四度その身を黒ネズミに変えようとする。 しかし、 <金剛拳封神阿修羅連打(こんごうけんふうしんあしゅられんだ)> その百八の閃光は的確に乱道の魂を打ち据えた。 「ぐががあがががががががががが!!!!!!!!」 乱道の身が、風に翻弄される木の葉のように舞い踊る。 (これで決める!!!) その拳に妖力を収束し一気に解き放つ真名。 それで決まる…はずだった。 「う?!!!!」 一瞬、真名の動きが止まる。真名は自身の拳を眺めた。 (…く、こんな時に…) 真名は最後の最後で、自身の魂の限界を見誤っていた。 天魔合身…そして森羅万象の同時使用。それが、魂を徹底的に傷つけていた。 制限時間を当の昔に超えてしまっていた。 魂が崩れていくのが、真名にははっきりと分かった。 それは、かつての母と同じ…。 かつて、乱月から真名を守るために、森羅万象を行使した母。 その魂は、一瞬にして削られ命を失った。 それが自身の身にも起きようとしていた。 (…潤) 真名は心の中でそうつぶやく。 結局のところ、真名は焦っていたのだ。 潤が傷つけられる可能性を考えすぎていた。 そのほんの少しの未熟さが、真名の卓越した戦術を狂わせていた。 『脅しは無駄だ。  お前から身守ることくらいなら今の潤はできる!!!』 それは本当であろう…。 でも、それでも…。 (…潤) 真名は恋を知らなかった。 かの乱月に母を殺されてから、ただひたすらに強さのみを求めてきた。だから、恋を知らず生きてきた。 しかし、今は違った。真名にとって潤は、誰よりも大切な存在であった。 経験がない想いが一瞬の隙となってしまっていたのである。 「そうか…そんなに大切であったか」 乱道がなんともなしにそうつぶやく。 「人を思う心…。  まさしくそれは戦いの隙になりうる…」 乱道は一瞬で真名の背後に移った。 その手のひらで真名に触れる。 「う…」 真名がうめいてその場に項垂れた。 「わが研究…、  その切っ掛けこそそこにある」 そう、誰に言うともなくつぶやく乱道。 勝負は決してしまっていた。 次の瞬間、真名の二つの大呪が解ける。 真名は逆に乱道の手によって救われていた。 「何とか、魂が砕ける前にとどめることができたか…」 その言葉に真名は答えない。真名はそのまま意識を失っていた。 【真名様!!】 真名の使鬼たちが悲鳴を上げる。 しかし、 「疾く失せよ!!!!」 乱道のその言葉と共に、百鬼丸たちの鬼神召喚呪は解除された。 真名は力なくその場に崩れ落ちる。それを乱道が支えた。 「クク…。これで実験体は手に入れたな…。  少々骨が折れたが…」 自身のみから流れる血を見て乱道は笑った。 「もはやここには用は…」 そのまま真名を抱えて去ろうとしたとき…。 「まて!!!!!」 そう叫ぶ者がいた。 「む? 貴様は…」 それは潤であった。 「真名さんを放せ!!」 その姿につまらないものを見るような表情で乱道が答える。 「お前ごときが私に何ができる?」 (…できるできないじゃない) 「お前に真名さんは渡さない!!!!」 潤は決意のまなざしでそう答えた。
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