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この世に、永遠に続くものなど存在しません。どんな立派なものでも、いつかは必ず壊れ、そして滅びてしまいます。
――そう。このお屋敷も。
今でこそすっかりと寂れてしまいましたが、かつては煌びやかで、大きくて、美しくて。それはもう立派なものでございました。
顔を上げれば、それこそ街のどこからだって、見つける事が出来ます。言わば、この街の象徴のような存在でした。
その主である旦那様は、お若くも優秀な事業家で、いつもとても忙しそうにしておりました。屋敷には毎日代わる代わる商人の方がお見えになり、旦那様は真剣な表情で、けれどとても楽しそうに商談を交わしておられました。
「旦那様は、本当に素敵なお方ですわ」
「ええ、本当に」
屋敷にはたくさんの使用人たちが仕えていましたが、皆顔を合わせては、旦那様の噂話をしておりました。今日は何回目が合ったであるとか、今日はどんな会話をしたであるとか。そういう、他愛のない話でございます。
旦那様は凜としていて、時に厳しく、時に優しく。皆と平等に接し、皆をいつも気にかけておられました。そんなあたたかい旦那様に対し、どうして好意を抱かずにいられましょう。
使用人たちは皆、大切に思ってくれる旦那様の事を、同じように――いえ。あるいは、それ以上に。
心から大切に思っておりました。
だからこそ。使用人たちは、言葉に出さずとも、表情に出さずとも、腹の中では互いに嫉妬し、僻み、妬み合ってもいました。
旦那様に、いかにして近づくか。旦那様に近づこうとする者に、いかにして邪魔をするか。
そういう、まるで子どものような醜い争いが――静かに、けれども確かに、起きていたのでございます。
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