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 屋敷の状況に変化が起きたのは、ある春の事でございます。旦那様は日々ますます忙しくなり、屋敷の中は、どことなく慌ただしい雰囲気が立ちこめておりました。  そんな中。旦那様がひとりの少女を連れ、使用人たちの前に現れました。  その少女の事を、皆訝しげに睨んでおりましたが、「皆、聞いてくれ」という旦那様の優しい声で、皆一斉に表情を和らげました。 「――近頃私の仕事が忙しくなって、皆には大変な思いをさせてしまっていると思う。なので、この屋敷で働いてもらう者を、またひとり増やす事にしたのだ。皆、良くしてやってくれ」  旦那様のご厚意は、使用人たちにとってありがたくもあり、また(わず)かに、(いと)わしくもありました。  自身の負担が減るのは喜ばしい事ですが、使用人がひとり増えるという事は、競争相手がまたひとり増えるという事でもあります。  使用人たちは、皆じろじろと新たな使用人となる少女を熟視しました。慣れない様子でぼそぼそと自己紹介をする少女は、小柄で子どもっぽく、いかにも『田舎から出てきた娘』という印象でした。 「あんな娘……旦那様ったら、どこから連れてきたのかしら」 「みすぼらしいし、なんだか、どこか抜けている雰囲気ねえ」 「本当に。貧弱そうだし、お屋敷の仕事が出来るはずないわ」  皆、ひそひそと陰口を叩いておりましたが、けれども心の中では、どこかほっとしておりました。  なぜなら彼女たちにとって、少女が仕事をこなせるかどうかなど二の次であり、『旦那様が少女の事をどう思うか』の方が大事なのです。  仕事もろくろく出来ない、あんな田舎くさい少女の事を、旦那様が気に入るはずもありません。 ――誰もがそう思い、皆が一斉に安堵したのでした。
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