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6.降りつもった雪に埋もれて凍死したいと願うことはあれども
「俺は。小一の頃、兄貴に首を絞められたことを、その時お風呂に入ってて気づかなかったお母さんにチクった。その翌日から今までの七年間ずっと、兄貴にいじめられてるんだ……。兄貴にいじめられた腹いせに、お前に八つ当たりし始めた」
「だから、八つ当たりいじめって言ったのか?」
「ああ。『お兄ちゃんがそんなことするわけないでしょ』って笑われて、全く信じてもらえなかったからチクリ損だった……。俺は落ちこぼれで兄貴は優秀だから、まあそうなるわなって納得したけど」
雪永は泣き出しそうに顔を歪めた。
「昨日、多分ショックで忘れてただろう事実を思い出したんだ……」
「事実?」
「兄貴に首を絞められたのは、『兄貴さえいなければ、俺は両親から惜しみない愛情を一身に受けて幸せになれたのに。消えろ』って言ったからだ……。俺が首を絞められたのも、今もいじめられてるのも自業自得だったんだ」
雪永は口を閉じたかと思えば、服の袖を勢いよく捲り上げた。反射的に目を向けると、腕に切り傷がある。
傷口は深く、顔を背けたくなるほどとても痛々しいものだった。まだ完全に血が固まっていなくて血が滲み出ている。誰が見ても治りきっていないと分かるのに何故か、絆創膏が貼られていなかった。
「この傷は自分でつけた」
明かされた衝撃的な事実にショックを受けて、目を見開くことしかできなかった。
「俺は自分の身体の、兄貴に殴られたり蹴られたりした箇所を思い出しながら、それと同じ箇所を狙ってお前の皮膚をつねってた。家に帰ってからお前の皮膚をつねった箇所をつねった。でも。この前初めて、お前の腕をカッターナイフで傷つけてしまったから同じ箇所を切りつけたんだ。治る前にまた切ってる。だけど、まだ足りない。もっと罰するべきだと思って腕以外の場所も何度も切りつけてる。……凛来と兄貴は何にも悪くない。悪いのは全部俺だ」
雪永は顔面を雪にこすりつけて土下座した。
ごめんなさいしか喋れなくなったみたいに、何度も繰り返す。
やがて、親に見限られて途中から餌をもらえなくなった雛鳥のように、大声を上げてなきはじめた。
見ていられなくて、視界をぼやけさせるためにボクも泣くことにした。
両目からボクの汚い涙が零れ落ちる。
ただ、可哀想だと同情しているだけだ。
可哀想だ。兄貴に痛めつけられて、ボクを痛めつけて、自分で自分を痛めつけている。
そして今日、雪永はボクと同じ理由で外に出たんだ。
嗚咽混じりに、にいちゃん、りく、と呟いているのが聞こえる。
「ボクが君に望むのは死ぬなってこと。あっ……。後さ、できればボクと友達になって欲しいかな」
雪永がムカつくと言った笑顔を浮かべながら言ったけど、泣きながら土下座している雪永は全く気づいてくれない。
冬の空気は澄んでいて気持ちいい? ボクたちを包む空気は重く、澱んでいる。
青春は奪われたのだと心底絶望していた。雪永朝氷、という男にボクの青春は奪われてしまったのだと。
でも。雪永にいじめられていたあの地獄の時間も、雪永と遭遇してから一緒に過ごしている今日も、これから雪永と一緒に過ごす日々も。
きっと、全部、全部、青春なんだ。
これから先、辛いことが起きた時、降りつもった雪に埋もれて凍死したいと願うことはあれども、実行することはないだろう。
だって。頭がおかしいボクは──、
「大丈夫だよ。ボクは君がボクにどんなことをしてきてもずっと傍にいるから……」
ボクと同じぐらい頭がおかしい、雪永朝氷を支えるために生きると決めたから。
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