灰の世界のカメラロール

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 そろそろ家が埋まってしまうかもしれない、と、曇った窓を見て思う。  ずん、と低い音が響いている。噴火か、それに関連する何事かの音だ。もうすっかり耳と意識が慣れてしまって、ほんの微かな、例えば自分の服がこすれる音でもすると、自動的にその音を脳みそが再現しようとして、混乱する。でも今のは本当の音だ。結構大きい。また灰が勢いを増すのか。  本当にそろそろ外に出て灰を片付けないと、ドアが開かなくなる。そのあと屋根に積もった灰で家がつぶれる。そうなったら死ぬ。  死んだらだめなのかな。  このままここに寝っ転がって家がつぶれるのを待つほうが、長靴にフード付きのコートを着て必死で灰を片付けるよりもいい気がする。だって頑張ったところで助かるのかもわからないし。無駄な努力をしたくない。  ずん、と、また音がした。音の間隔が狭くなっている気がする。スマートフォンを手に取って、ため息をつく。電気はまだ通っているけれど、テレビや電話やインターネットは一昨日から使えなくなった。  あなたはちゃんと帰ってくるの。どこにいるの。  そう思ったら、もうぐちゃぐちゃにつぶれたはずの心のどこかがまたつぶれて、涙が出た。もう今すぐに死にたい。こんな気持ちで待ちつづけるぐらいなら、今すぐ死んでしまったほうがましだと思う。  でも。  どこにもつながらないスマホのカメラロールを見る。あなたの写真なんかほとんどない。カフェで食べたケーキ。名前の知らない黄色い花。道端の灰色の猫。スクロールしてもなんでもない光景しか出てこない。  でもそのどれもに、あなたの記憶がくっついている。  一緒に行ったカフェ。見覚えがあるけど二人とも名前を知らなかった花。あなたが声をかけたら逃げて行った猫。なんでもないけれど、残しておこうと思って撮った。全部覚えている。どこにも行かずに胸の中に降り積もっている。  死ねない。  こんな気持ちでいるのはつらい。それでも、まだ死ねない。思い出が、生きろと言う。あなたと生きることを、諦めることだけはできない。  立ち上がる。コートを着る。長靴を履く。  生きなくてはいけない。
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