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特に変化のない毎日を続ける。願い事をより分けながら、時々彼のことを考える。あれからどれぐらい新しい今日を数えただろうか。今回の昇神試験は下界での生活を経験することらしい。今までの似たような試験から考察するに、少なくとも百年は戻って来られまい。失態を見せてしまって、少しきまり悪いから会えなくてちょうどいい。丸い形の願いを左前方に滑らせる。彼は……私が悲しくて泣いたと思ったから抱きしめてくれたのかな。四角い願いを右手脇にのける。彼の腕の中は温かかった。再び丸い願いだったので、左へと意識を向けた。またこれで彼との差が開いてしまうな。ちくりとした棘の痛みを感じて、手をひっこめる。指先に紅の玉がみるみる膨れ上がった。
この頃分類することがわずかに難しい。
「よお、元気だったか?」
顔をあげると、昔何度か面倒を見たことのある同僚がいた。この場所に下りてからは見たこともなかった。
「久しぶりだね。ここで会うのは初めてだからびっくりしたよ」
「たまたま神さんの用事で通りかかったからさ、ちょっと顔でも見てこうかと思ってね」
同僚は願い事のいくつかを拾い上げ、少しばかり眺めると全て後方へ適当に放り投げた。その上足に触れた物を横へと蹴り飛ばした。
「乱暴に扱うな! 神様に送り届ける予定の願い事だぞ!」
「そんな怒るなよ。どうせ全部が全部かなえられるものじゃねえぜ」
私とてそれぐらいは分かっている。分かってはいるが、それを安易な気持ちで口にしてほしくなかった。
同僚が興味なさそうに周囲を見て、ほんと他に何もねえなとつぶやいた。
「お前、これ楽しいの? 神さん宛の配達ばっかりで、別にお前が誰かに感謝されるわけでもないだろ」
「別に誰かにありがたがってもらいたくてしていることではない」
「ふうん、俺らのような者に言うのも皮肉だけど偽善臭いぜ。……ああ、神さんは助かってると思うわ。前に捨てやすくなったって言ってたからな」
「捨てるって……」
「奇跡みたいなものが簡単に起こせるわけないだろ。お前がより分けた中で簡単にかないそうなものをちょちょっとかなえてやってるようだぜ。たまに神さんの気まぐれでちょい難しそうなやつが選ばれるぐらいだよ。あとはぜーんぶお払い箱さ」
同僚は私の正面にぐっと顔を近づけてきた。
「だいたいさあ、願う人間も分かってるんだよ。努力次第で手が届きそうなのもあれば、どうせこれは無理だろうってのもあるって。これなんか触ってみろよ、こんな冷たく固まってんの。最初から期待薄だって分かってるからだよ」
いつまでも道草食ってられないわと言い捨てて、同僚は帰って行った。
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