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プリムラの始まり
それは高校一年生の、まだ肌寒さの残る放課後の事。
私の向かった図書室は、そこだけ現世から切り取られたみたいに静かで、青色の髪と瞳が幻想的で美しい先輩が受付に座っていました。
話しかけてみたい。
そう考えましたが、私みたいな小心者には到底不可能な願いで、私は逃げる様に往年の仲である親友の家へと向かいました。
——————
「打ち合わせは以上です。ではまた明日お待ちしております」
私は自動ドアから出ていくお客様を見送り受付奥のスタッフルームで書類整理を行う。
「先輩! 食材の手配終わりました!」
「そう、じゃあ今日はもう上がっちゃって大丈夫よ」
てっぺんが茶色いプリンみたいな金髪を揺らして戻った町田さんにそう伝え、またパソコンに目を戻した。
「……先輩は、いつ頃上がれそうですか?」
「んーもうすぐ上がれそうだけど、どうかしたの?」
「あー、最近少し落ち着いて来たので、良かったら一緒に帰りたいな~と」
「そう? 別に構わないけど」
町田さんからそんな提案をされるとは、むしろ先輩の私がするべき提案だ。
「ありがとうございます! では待ってますね!」
視界の端でぴょんぴょこと金髪が動いてスタッフルームから出ていった。
最近の子は上司と積極的に帰りたがるものなのだろうか。まぁ、ふたつしか変わらないし、学校の先輩気分で慕ってくれてるのだと思いたい。
私はパソコンをロッカーに戻し、外で待つ町田さんの元へ向かった。
「お待たせ、っ寒いね。中で待っててくれても良かったのに」
式場の外では、冷たい風が吹き荒び、肌を貫く。
「体温高いので大丈夫です! 先輩こそ、そんな服装で大丈夫なんですか?」
私が着ているのは薄手のスーツだけで、寒さが全然防げていない。これなら家に置いてきたペラッペラの上着でも、無いよりかは幾分マシだったかもしれない。
「明日、遂に結婚式ですね!」
明日はここ最近準備してきた二人の結婚式だ。
「そうね。今日は帰ったらゆっくり休んで明日に備えましょ」
「緊張で寝れるかちょっと不安です……」
「緊張、するわよね」
「先輩もするんですか?」
「勿論するわよ、前日から緊張しっぱなし」
本番は何度やっても慣れることはない。お客様の大舞台。ミスすることは許されない。
「それは、なんだか少し安心しました」
「なによそれ」
そんな町田さんの安心した表情に、私の緊張も解けていった。
「じゃあ、私はこっちだから」
「そ! そういえば明後日休みですよね。良かったら明日の晩御飯どこか行きませんか?」
駅に着き、帰ろうとした私の手を掴んで早口にそう話す町田さん。
「そうね、町田さんの歓迎会もまだだったし、何処か行きましょうか」
「やった、約束ですよ!」
もじもじとした態度は一転、眩しい笑顔で兎の様にぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「先輩! 何か食べたいものありますか?」
「ふふ、町田さんは何か食べたいものないの?」
本当に嬉しそうな声色にこちらまで楽しい気持ちが伝染してきた。
「私は先輩と食べれれば何でも良いです!」
「そっか、じゃあハンバーグの美味しいお店があるんだけど、どうかな?」
「はい! 是非行きたいです!」
「じゃあ明日、仕事終わったら行きましょうか」
「はい!」
「そろそろ電車来ちゃうし、帰りましょう」
「はい! お疲れ様でした! また明日よろしくお願いします!」
階段を数段上るごとに振り返る町田さんにまた笑みをこぼしながら、足先が見えなくなるまで見送って、私も帰路へ着いた。
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