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自転車を置いてスーパーの入り口へ向かう。
「……俺は」
掠れた声が飛んでくる。私は振り向いた。濁った瞳がこちらを睨みつけている。
「俺はあなたをどうすることもできないです。でも、あなた自身があなたを変えることはできるでしょう。俺にそんなこと言えるくらいなんだから」
夫の暴力よりも何倍も、その言葉は私に深く突き刺さった。
「酒なんか買ってないで逃げれば良いじゃないですか。雪、見たいんでしょ」
彼はすっと指を差す。その先には駅がある。各駅停車しか停まらない、寂れた駅。
「電車に乗って、新幹線に乗って、北へ向かえばいくらでも雪なんかあるでしょう。ほら」
くいっと顎で駅を指す。
私は弾かれたように駆け出した。つっかけのサンダルは走りにくい。それでも走った。
途中で慌てて振り向いた。彼はまだ、駐輪場に立っている。
「ありがとう!」
私は叫んだ。佇む彼に。
彼は私の方をまっすぐに見ている。
「ありがとう」
もう一度叫んで、私はまた走り出した。
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