下弦たりうる

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降り積もった砂が車を埋めている。 これだから鶏寧県は嫌だったのだ。大型自動車免許を持っている私だったらから耐えれらたが、並みの大学生なら瞬く間だ。 いくら大企業といえども横暴。これは横暴。まさしく横暴だ。きっと次の枢密院選挙では協殖党が与党に一矢報いるに違いなかろう。左に見える鳥居へ唾を吐きながら、私は車の周囲の砂を片っ端から斎徳家の軒へ蹴飛ばした。 「はい、はい、そうなんですよ、警報が出なかったから大丈夫だろうとタカを括ったのが生けませんでしたなぁ」 どうやら、ハス向かいの栖見家の亭主もやられたらしい。毎晩毎晩原付の荷台に体力のアブラゼミを乗せて市場へ飛ぶ彼も、この流砂にはお手上げとみた。 月の光を頼りに、滂沱の涙を流して砂を両手をクチャクチャ振り回してバイクの進路を開けんとしている。泣いていると悟らせない声色でプッシュフォンに向かって叫んでいるヴィジネスパアソンとしてのマナァは流石と言わざるを得ない。孟子だって、そこまで熱心ではなかったろう。 ストレスだ。先々週に定期健診では血中の蛋白質濃度が低すぎると言われたが、それもこれも三摩県庁がいつまでたっても流砂の対策に税金を投じないからに他ならない。エラの奥で蕁麻疹が悪化しているではないか。白く細かくひび割れた表面が掻けば掻く程パリぺりと剥がれて叶わない。癜風を患ったらどうするつもりだ。 本当は搔きむしるのも良くないと母乳屋から叱られたジュブナイルが去来。だが、痛痒に抗えぬはホモサピエンス。茶色い爪で痒さの震源地を突き止め、存分に掻きむしってピンク色の粘膜が白く乾燥するまでにひっかいてやる快感は射精に匹敵する。 それにしても喧しいのは小鳥のさえずり。チェンヴァニア州のように発砲許可を与えるというニュウスはどこへ消えたか。けたたましくてしょうがない。 すると耳元で青い鳥が囀る「まだ随分と降り積もってるようだな」 たちまちのうちに洗剤の蓋さながらにブルーな羽からモコモコと草が生い茂り、辺り一面が大草原だ。眼がある者は見た前よ。涙と一緒に眼球を流した栖見家の御亭主が眼底から茫茫にドクダミを延ばしている程だ。 「素晴らしい」 お陰で、降り積もった砂は全て光合成の材料となって煙と消えた。アァ愉快。 「人間、降り積もるとね。色々と、こう、な」  プスリと差すような痛みがしたが、はてな。今は蚊の季節でもなかろうに、と目を皿にしてブリキとブリキだ。これは恐らく、あの斎徳家が逃がしたな。きゃつら、洗面台を排水溝とでも思っているか。これだから。ボウフラ対策も蔑ろにするような手合いが湧くから田舎者は嫌いだ。  私はエラに溜まる粘ついた目ヤニをゴッチャリと書き出しながら、また露わになった乾燥肌を掻き回す。微粒な砂が空気中に舞っていては、本能で産毛が伸びて堪らん。体の中に余分な一切を入れんとする利口な神経。あぁ賢い。 それにしても、今日は耳元がうるさい。「本人ににか」「な物を」とチリチリうるさいが、コレが木霊という奴で蜃気楼というやつで都会の暴力というやつだろう。 急がねば。 私が降り積もる砂をかきわけて新香場に向かう、その勇ましさといったら。
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