ココア

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 それから彼女とたまに話すようになり、俺はひたむきで、真面目で、汚れがない彼女に、あっという間に惹かれていった。 『好きだよ』  甘い言葉を呟けば、彼女は顔を赤くして笑った。 ふとしたときに溢れる、柔らかい笑顔に癒された。 こてんと、首を傾げる仕草が可愛かった。 涙をぐっとこらえ、真っ直ぐに頑張る彼女を抱きしめたくなった。  本当に、好きだった。とても、とても。  降り積もった彼女への想いは、固く大きくなって、溶けてくれない。 「雪のように溶ければいいのに」 そうすれば、楽になれるかもしれないのに。 『ごめんなさい』  あの日の彼女の泣き顔を思い出し胸が軋しむ。  自分のディスクに肘をつき、手の甲におでこをのせため息をついた。  来週から俺は仕事でアメリカへと行く。 彼女は遠距離恋愛は耐えられる気がしないと、泣いたのだ。 滅多に泣かない彼女の涙を見て、引き止めることなど出来なかった。  目を瞑ると、ふんわりと笑う彼女の顔が浮かんだ。    渡米の準備やそれまでに片付けておかなければならない仕事をしていたら、いつの間にか時刻は九時になり、オフィスには自分以外誰もいない。  ……早く帰ろう。感傷に浸っている場合ではない。  顔を上げた瞬間、バタバタと騒がしい足音が響いた。 あの日の俺のように、誰か忘れ物でもしたのだろうか、ぼんやり思っていると、ガラガラとオフィスの扉が開いた。   「お、お疲れ様!」  夢かと思った。 息を切らした彼女がそこに立っていたからだ。 細く長い髪はいつもよりボサボサで、頬が若干赤く色づいている。   目を見開き、勢いよく歩いてくる彼女を眺めていると、僕の目の前に見覚えのあるものが差し出された。  茶色に色づいたそれは、あの日彼女にあげたココアだった。 「……朱莉」 「ごめんなさい。私、間違ってた。私……園山くんが好き。好き」  今にも泣きそうな顔で、必死に訴える彼女。 一生懸命で、真っ直ぐで、純粋で、俺が好きな彼女が目の前で頑張っている。いじらしくて、かわいくて。  どうしてーーこんなに愛おしいのに、手放せるわけないじゃないか。  彼女の腕を掴みぐっと引き寄せる。 「私、ずっとずっと待ってる。ずっと、待ってるから……」 ごめん。君から言わせてしまって。 「うん」  君だけが俺の心を震わせる。君だけを愛してる。  彼女の顎を掴み、そっと口付けた。 少しだけ震えている唇から彼女の覚悟が伺え、俺も覚悟した。  何があってももう、彼女を手放さない。 「好きだよ」  笑うと、彼女もいつものように柔らかな笑みを浮かべた。  愛おしくて、ぎゅっと抱きしめる手を強める。  彼女への恋情は、きっとこれからも俺の胸の中に降り積もり続けるのだろう。
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