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⑩
ヒカルは、ゆっくりと、口を開く。
「妊娠中の検査でね、胎児の障害がわかったんじゃ」
「ショウガイ?」不思議顔のシンヤ。
「そう、それで、両親は、堕胎を選んだ」
「ダタイ?」
「そう。……詳しいことはわからなくても構わんよ。要するに、儂の妹は、生まれる前に死んじまったんじゃよ……」
見上げたヒカルの顔の辺りがぶわっと湯気で白くなった。大きく息を吐いたのがシンヤにはわかった。
実はヒカルは、妹の誕生については決意していたことがあった。
両親は、出産後しばらくすれば、どうせまた以前のような生活に戻ることだろう。つまり、世界中を飛び回る生活だ。
彼らはそういう生き方しかできないのだとヒカルは諦めていたのだった。
幼い妹は、自分と同様ほったらかしにされることだろう。
祖母も高齢で、大きな負担はもう担えなくなっていることがわかる。
だから――
自分が妹を守っていかなければならない。
そうしていこうと、ヒカルは心に決めていたのだった。
だからある日、臨月でもないのに母親が入院し手術を受けたことを知らされたとき、それが何のための手術だったのかを知ったとき――
ヒカルの中の何かが、ぐにゃりと歪んだ!
その歪な精神状態は放心の彼を誘導し――
無免許のヒカルを父の車に乗り込ませ、走り出させた!
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