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1-1:犬に好かれるのは、良い事だけれども
今日の潮上市は雲ひとつ無い快晴で、風がとても心地よい。休日もあってか、海岸線に沿う直線的な道路は交通量がいつもより多く、車が行き交っていた。
ノロノロと動く車の列を横目に、千尋は愛犬であるコーギーのみるくを自転車の籐バスケットに乗せ、海岸の遊歩道を颯爽に自転車で走りながら、目的地へ向かった。
目的地が近づくにつれ、犬の鳴き声が徐々に聞こえてきた。千尋は海沿いにあるドッグラン近くの駐輪場に自転車を置くと、みるくを抱っこした。そして、五分位歩いた場所にあるドッグランへ向かった。
家族連れが多く、ドッグラン周辺はとても賑わっていた。千尋は帽子を深く被り、行き交う人々の間を縫うように進んだ。
ドッグランでは、既に沢山の犬達が元気よく走り回っていた。ドッグランの入り口を開け、抱っこしていたみるくを下ろし、リュックから野球ボールサイズの赤いボールを取り出した。
「久々に来たから、思いっきり遊ぼうなぁ。ほら、みるく取ってこぉい!」
『キャンッ!』
千尋がボールを遠くへ投げると、みるくはそのボールを追いかけ、走っていく。そして、ボールを口に加えると、嬉しそうに千尋の元へ戻ってくる。千尋はみるくからボールを受け取ると、いっぱい撫でてあげた。
「よーしよしよし、お前は偉いなぁ。そして、何よりも可愛い」
『キャンッ!』
ボール遊びを何回かすると、千尋はみるくを抱き上げ、頬擦りした。みるくは千尋の顔をペロペロと舐めた。そして、調子に乗ったみるくは千尋に過剰なスキンシップをする。
『キャンキャンッ!』
「ちょ、お前、ちょっと舐め過ぎだよ……って、うわっ!」
千尋はバランスを崩して、芝生に尻餅をつく。
「いたたたたっ。もう……みるく、激し過ぎだよ」
『キャンッ!』
千尋はみるくと戯れながら、そのまま芝生に寝転んだ。そんな中、千尋がみるくと戯れていると、ドッグランを走り回っていた犬達がいつの間にか千尋を囲むように、周りに集まってきた。犬達は千尋を見て、舌を出し、少し荒い息遣いで近寄り、千尋の顔を舐めた。
「わぁ、くすぐったい! お前はどこの子かな? 皆、可愛いなぁ」
『わんわんっ!』
「あははははっ。楽しいな。って、こら、服の中に潜らな……あっ! こら! そこはダメだよ。んっ!」
他の犬が千尋の服の下に潜り込み、千尋の体をペロペロと舐め始めた。
「んっ! あぅ……いくら犬だからってダメだよ」
千尋は必死に声を殺し、肌蹴たシャツを直そうとする。しかし、他の犬が思いっきりシャツに噛みつき、離そうとしない。他にいた犬もズボンを思いきり噛んで離さなかった。
――ど、ど、ど、どうしよ! このままだと脱げちゃう! 誰かぁ!
『ワンッ! ガルルルルゥ』
千尋がこれまでか、と諦めかけていたその時、低い声で唸るラブラドール・レトリーバーの勇敢な姿があった。その鳴き声に、千尋に悪戯をしていた犬達は驚き、キャンキャンと鳴きながら、遠くへ逃げていった。
「……お前、こういうのが趣味なのか?」
声がする方を向くと、サングラスをした長身の男性が立っていた。逆光で表情が分からなかったが、クスクスと笑っているのは分かった。その男性は千尋に手を差し伸べてきた。千尋はその手を取り、立ち上がった。
「しゅ、趣味じゃないです! 勝手にワンちゃん達が押し寄せてきて……。そ、それより、助けてくれてありがとう」
千尋は服についている砂を手で払い、身だしなみを整えた。そして、遠くに転がっていたボールを拾いに行った。そうしている間に、助けてくれた犬と男性はその場から立ち去ろうとしていた。
「ちょ、ちょっと待って! あの、お礼がしたいんですけど……」
千尋は息を切らしながら、男性を追いかけ、男性の服を引っ張り、声をかけた。男性は振り返り、千尋を見るなり、腹を抱えて笑った。
「あははははっ。お前の愛犬はすでに俺達とドッグカフェへ行く予定なんだけど」
よく見ると、みるくは男性に抱っこされ、嬉しそうに尻尾を大きく振っていた。
「えっ……あれ! みるく! どこに行ったかと思ったら!」
『キャウン!』
「やっぱり、可愛いなぁ……。あんなドジなご主人様より俺んとこ来るか?」
男性はみるくに微笑みかける。みるくは嬉しそうに男性の頬をペロペロと舐める。
「みるくは僕の犬だから、ダメ!」
千尋はみるくに自分の方へ来るように両手を差し伸べるが、プイッとそっぽを向かれる。
「ふふっ、お前、本当にコイツの飼い主かよ。本当でおかしいな」
クスクスと笑う男性に対して、千尋は頬を膨らませ、怒った。そんな怒る千尋に、男性は道を挟んだ所にあるドッグカフェを指差す。
「それより、あそこのドッグカフェへ行こうぜ」
千尋はムスッとした顔をしながら、男性の後ろをついていき、道路を挟んだ所にあるドッグカフェへ向かった。
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