431人が本棚に入れています
本棚に追加
1-2:初めてのお店は夢が広がる(俺は実質デートだと思っている)
ドッグカフェは地中海に面するスペイン南部アンダルシア地方で見られるような家の壁を白く塗った一軒家風のお店だった。今日みたいな青い空の下に、白い壁と赤茶色屋根がマッチしており、印象的だった。店先には小さな看板が立て掛けられ、『わんにゃんカフェ』と店名が書かれ、おすすめメニューがチョークで書かれていた。
「ここのドッグカフェは犬専用のメニューがあるんだ」
千尋を案内すると、翔真はカウンターで座席予約をし、待合い用の椅子に腰を掛けた。
「そうなんだ。ここ、一度入ってみたかったんけど、一人じゃ緊張しちゃって、なかなか入れなかったんだよね」
千尋は初めて入るドッグカフェに、目を輝かせ、店内を見渡した。
店内の一角には、雑貨、リードやドッグバッグなどのペットグッズが販売されており、どれもハンドメイドで素敵なものばかりだった。
「おい、置いてくぞ」
千尋が可愛い雑貨に見惚れていると、男性が肩を叩き、呼んできた。
二人は店員に海が見渡せるテラス席へ案内された。テラス席から見渡す景色と心地よい潮風に、千尋は大きく背伸びをした。
「うーん、気持ちいいなぁ。……みるく、他の犬に迷惑かけないんだよ」
千尋が景色を眺めている間に、男性は店員に注文をしていた。
「店員さん、おすすめのパンケーキと犬用のケーキを二つずつ下さい」
男性が席に着くと、みるくは男性から飛び降り、男性の犬にじゃれ始めた。
『キャンッ!』
「お、レオンが嫌がらないの初めてだな」
「え、そうなの?」
微動だにしない男性の犬にじゃれ合うみるくを見ながら、千尋は何かを思い出したようにハッとした表情をし、テーブルに手をつき、前のめりになり、男性に詰め寄った。
「名前! 名前聞いてない!」
「今更? 普通、知らない人にはついて行かないでしょ。面白いなぁ……俺は翔真、こっちはレオン」
千尋の慌てっぷりに、翔真は必死に笑いを堪えた。そして、千尋は顔を真っ赤にし、席に座る。
「そ、そうだけどさ! みるくがついていくから、仕方なく……。因みに、僕は千尋、こっちはみるく。よろしく」
「ああ、よろしく」
二人はペットの話で盛り上がり、意気投合した。そして、お店の奥から店員がハワイアンパンケーキと犬用のケーキを持ち、二人の席までやってきた。
「わぁ、美味しそう! えぇ、でも、高そう……。今日、そんなにお金持って来てないし」
「ああ、大丈夫。俺の奢りだから、気にせず食べて」
翔真は店員から犬用のケーキを受け取ると、レオンとみるくの前にケーキを置いた。
「レオンとみるくの分はこれな」
『ワンッ!』
「いや、でも、助けてもらった上にご馳走まで……お返しがぁ。……えっ、もしかして、どっかに連れ去られちゃう? あぁ、どうしよう。僕は海に沈められちゃうんだぁ!」
頭を抱えたと思ったら、空に向かって祈ったり、と千尋一人で騒いでいた。それを見た翔真は腹を抱えて笑った。
「あははははっ。どうしたら、そんなぶっ飛んだ発想になるんだ。本当に面白いなぁ。連れ去りもしないし、海に沈めもしない……あぁ、連れ去りはするかもなぁ」
「そんなぁ……」
みるくはケーキにがっつき、口がクリームだらけになっていた。レオンはみるくとは違い、上品に食べていた。
クリームだらけのみるくを見かねて、レオンはみるくのクリームを舐め取ってあげた。みるくはそれが嬉しかったのか、レオンにじゃれる。じゃれていたら、レオンの鼻にもクリームがつき、それをみるくがペロッと舐め返した。
『ウワゥン……』
千尋は色鮮やかにフルーツが盛り付けられ、その上から粉砂糖が振りかけられたパンケーキにナイフを入れた。パンケーキはフワッとしてて、千尋は切っているだけでワクワクし、目を輝かせた。そして、口を大きく開け、パクッと食べた。
「んーっ! パンケーキ美味しい!」
「だろ? ここのパンケーキは雑誌に載る位、有名だからな」
千尋は満面の笑みを浮かべ、子供のようにパンケーキを食べた。その姿を見て、翔真は嬉しそうに微笑んだ。
「おい、千尋。こっちに顔向けろ」
千尋は翔真に言われた通り、顔を向けた。次の瞬間、翔真が千尋の口角についていたクリームを指で拭い取り、千尋の顔を見ながら、ゆっくりと舐めた。
――はぁ? コイツは何をしてんだ?
千尋はそう思いながら、開いた口が塞がらなかった。
「クリームがついてたよ」
「あ、ありがと? ……ん? 待って、ちょっと待って。あ、あのさぁ、さっきから僕を年下扱いしてるみたいだけど、僕の事、いくつだと思ってる?」
翔真はきょとんとした顔で千尋を見た。
「え、俺と同い年位だと思ったけど、二十歳じゃないのか?」
「…………これでも三十歳だっ!」
「マジかよ……童顔だから、てっきり」
「童顔言うなっ!」
千尋は顔を真っ赤にし、不貞腐れながら、パンケーキを食べる。
「あははっ、怒り方も可愛いんだな。まぁ、とりあえず年上だし、敬語使わないとな」
「可愛い言うなっ! あと、とりあえずってなんだよ!」
翔真は千尋の反応に腹を抱えて笑った。笑っている翔真を見て、千尋は大きく溜め息をついた。
「それより、食べ終わったら、俺の家に来ませんか? そんな砂まみれじゃ帰れないだろうし」
「いや、でも、初対面だよ? それは流石に悪いよ」
「気にしないで下さい。ほら、犬同士はまだ一緒にいたいみたいだし。俺の家、ここから近いんで……ね?」
足元を見ると、みるくは楽しそうにレオンの背中に乗って、尻尾を振っていて、ご機嫌だった。レオンは呆れた顔をしているのか、ひれ伏すようにしてうつぶせになっていた。
「……さて、食べ終わったし、行きますか」
「ご馳走様でした。本当に美味しかった……それより、今度、ちゃんとお礼させて下さい」
「いいですよ。本当に気にしなくて」
翔真が席を立つと、レオンも颯爽と立ち上がる。レオンが立ち上がると、背中に乗っていたみるくがコロンと床に転がった。
「ほら、みるく行くよ」
最初のコメントを投稿しよう!