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After ordering:週末、君の焼いたカップケーキをもうひとくちだけ。
以前、温泉旅行で撮った映像が収録されたDVDが付録になった雑誌は無事に発売され、瞬く間に売れた。雑誌では千尋の店も紹介され、店は連日賑わっていた。期間限定のカップケーキの売り上げも順調であり、大賀も柚葉も忙しなく働いていた。そんな中、千尋は店の手伝いもせずに、小説を執筆していた。
今まで手書きで書いていたが、時代はデジタルへ変わっている事もあり、千尋は貯金を切り崩し、ノートパソコンとプリンターを奮発して購入した。ペンを走らせる気持ち良さが恋しかったが、いつの間にかノートパソコンで編集出来る素晴らしさを知り、どっぷりハマっていた。
「……ふぅ、やっと書き切った。なんか随分かかっちゃったな。お店は凄い忙しそうなのに、大賀に年末までには終わらせろって念を押されたし、なんか申し訳ないな」
千尋は執筆したものを印刷している間に、店の様子を見に行った。母と大賀と柚葉が和室の休憩室で楽しそうに話していた。
「あ、兄さん。執筆は終わったんですか?」
「あ、うん。とりあえず書き終わって、今、印刷してるとこ。なんか忙しいのに、手伝えなくてごめんね」
「本当ですよ! 私がいなかったら、お店回らなかったですよ!」
「本当ね……柚葉ちゃんはすごい働き屋さんだし、すっかりうちの看板娘よ」
「嫌だぁ、お母様ったら……看板娘なんてぇ」
母は柚葉の頭を優しく撫でた。柚葉はニコニコしながら、喜んでいた。柚葉が楽しそうに働いているのを想像すると、千尋はなんだか嬉しい気持ちになった。
「そろそろクリスマスの時期になるわね。千尋、昔のクリスマス衣装はまだあったかしら?」
「昔の? あぁ、クリスマス仕様の仕事着か……たぶん、押し入れの中にあったような」
「だったら、後で出しておいて。柚葉ちゃんに着て貰おうかなって。きっとサイズ的にも少し直せば、着れると思うから」
「分かった。郵便出したら、探しておくよ」
柚葉は目をキラキラさせて、そのクリスマス衣装についてを母に聞いていた。母は嬉しそうに、昔話を始めた。千尋は部屋へ戻り、印刷物を封筒に入れ、出掛ける準備をした。散歩も兼ねて、みるくも連れ出した。外はひんやりして、息をすると、吐く息が白かった。千尋は帰ってくると、自室の押し入れの中を探した。
「……これかな? あっ、これ懐かしい。……あーっ、このアルバムも懐かしい」
押し入れから出した段ボールを開けると、アイドル時代の写真やデビュー前から引退までのアルバム、CDやDVD、特別に貰った衣装などが出てきた。千尋は懐かしさを感じながら、段ボールをどんどん開けていった。綺麗にしていた部屋はあっという間に段ボールと懐かしい思い出達で溢れ返った。夕飯になっても、なかなか部屋から出てこない千尋を心配して、大賀が部屋にやって来た。
「はぁ……。兄さん、何してるんですか。もうご飯の時間ですよ」
「あっ、ごめん。つい懐かしくて……。本来の目的を忘れてた」
千尋は衣装が入った段ボールからクリスマス衣装を探し出すと、それを母へ手渡した。ご飯を食べ終わると、千尋は散らかった部屋を片付けながら、ある事を思い出した。
「そう言えば、前に翔真から昔の自分を見てみたいって言ってたなぁ。今度会う時にでも持って行こうかな」
千尋は持って行く用のアルバムやDVDなどを机の上に置き、それ以外は段ボールにしまい直し、押し入れへ戻した。
◇◆◇◆◇◆
数日後、千尋は両手にいっぱい持ち、翔真の車へ乗り込んだ。翔真は楽しみにしていたのか、いつもより機嫌が良かった。翔真の家に着くと、千尋は紙袋からアルバムやDVDなどを取り出し、テーブルに並べた。翔真は目を輝かせながら、テーブルに広げられた物達を見た。そして、あるものを手にした。
「こっ……これはまさか!」
「あぁ、それ? それは僕が引退する時に出したメモリアルボックスだよ」
「おぉ! ファンクラブ会員限定のシリアルナンバーつきの幻のメモリアルボックス! 超絶レアなやつ! 高くて買えなかったんだよなぁ……」
「そんなに興奮しなくても……。でも、よく知ってるね」
「そりゃそうですよ! 俺は小さい頃からレリアンの大ファンで、アイドルを目指すきっかけもレリアンなんですから!」
「……あれ、そうだったっけ?」
翔真はDVDボックスをテーブルに置くと、正座をし、拝んだ。千尋は翔真の行動に顔を引き攣らした。
「でも、僕が引退した時って十年位前だし、翔真は小学生低学年位でしょ?」
「完全に親の影響ですね……。毎日、曲聴いたり、動画を観てました」
「そうなんだぁ……。ん? ちょっと待って……。翔真は僕がレリアンのメンバーだったのって知ってたの?」
翔真は突然、ハッとした顔をし、ゆっくりと千尋の方を向いた。そして、泣きそうな顔をして、千尋に土下座をした。
「そうですよね! よく考えてみれば、そうですよね……。なんで気付かなかったんだろう。すみません!」
「いや、別に謝らなくてもいいよ。あんまり面影無いし、僕も多くは語ってこなかったし、仕方ないよ」
「本当にすみません……。これじゃ、レリアンファン失格です……」
「えぇ、大袈裟だよ。と、とりあえず、DVD観よ」
千尋は落ち込む翔真を励ましながら、DVDをプレイヤーに入れ、再生した。DVDはドキュメント風になっており、最終オーディションの合格発表から始まった。翔真は目を輝かせながら、画面に食いついていた。そんな翔真を見ながら、千尋はキッチンで二人分のコーヒーを淹れ、持って来たカップケーキと一緒にテーブルに出した。
「わぁ! 見て下さいよ! 千尋さんですよ!」
「……改めて言われると、なんか恥ずかしいな」
「千尋さん、めっちゃ可愛いです! ……あ、あっくん! めっちゃカッコイイ!」
「翔真の推しってあっくんなの?」
「そうです! あっくんに憧れてました」
「あっくんは氷結の騎士ってファンの間で呼ばれてたなぁ」
千尋は翔真に当時のエピソードを話しながら、仲良く一緒にDVDを観た。そして、とある曲になると、翔真は今まで以上に目を輝かせた。
それは、グループ内総選挙で一位だった晄士と二位だった千尋がユニットを組んで、コンサート内で披露した『Unwanted fate』の映像だった。映像は晄士のサイリウムカラーである白色と青色と、千尋のサイリウムカラーである白色と黄色で会場が彩られ、切なげに歌う二人の姿が映し出されていた。
「……やっばり、凄いな。伝説の最強ユニット」
「懐かしいなぁ。あっくんは一匹狼って感じで、グループに馴染めなくて……。唯一、僕にだけは心を開いてくれたんだよね。そのせいで余計にグループ内はギスギスしちゃったけど」
「そうだったんですね……」
少し切なそうに話す千尋に、これ以上は聞いちゃだめだな、と翔真は思い、再び静かに映像を見た。秘蔵映像や付録のオフショット写真集を見ていると、あっという間に夕方になっていた。二人は途中で切り上げ、一緒にご飯を食べた。そして、再びソファに座って、DVDを鑑賞した。翔真が夢中で観ていると、いつの間にか千尋は翔真の肩に寄りかかり、眠っていた。
「千尋さん、ここで寝ちゃうと風邪引いちゃいますよ」
「ん? あぁ、ごめん。寝ちゃってた……」
「良いですよ。俺はまだ観てるんで、先に寝ててください」
「ごめんね……そうするよ」
眠たい目を擦りながら、フラフラする千尋を翔真は優しくベッドへ連れて行き、布団を掛ける。そして、千尋の寝顔を見ながら、寝付くまで頭を撫でた。千尋が眠りにつくと、翔真は額にキスをし、再びソファに座り、DVDを観た。
「あ、これ。千尋さんの卒業コンサートか……」
画面には白色と黄色の紙吹雪が舞い、その中でソロ曲を歌う千尋の姿があった。ソロ曲が終わると、千尋は涙をこらえながら、笑顔でファンに向けてメッセージを送った。
『皆がいつまでも……ずっと、ずーっと幸せでありますように!』
翔真は画面を見ながら、一筋の涙を流した。そして、こう呟いた。
「次は、俺が千尋さんの事をずっと幸せにしますからね……」
翔真はDVDを観終わり、テレビを消すと、千尋が寝ているベッドへ向かった。そして、隣に入ると、布団を掛け直し、千尋を優しく抱き寄せ、眠りについた。
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