福西side

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福西side

昔の友人である加治翔太郎から、フェイスブックの友達申請が来ていたことに気付いたのは十八時を少し過ぎた頃だった。融資面談と事務作業の仕事を終えてアパートへと帰ってきて、ソファに腰を下ろしスマホを見た時にその通知に気付いた。 加治翔太郎は中学時代の同級生で、同じ卓球部に所属していた。正直俺は翔太郎本人よりも、彼の姉である加治めぐりさんについてよく覚えていた。というか、平たく言うと俺は中学生の頃めぐりさんのことが好きだったのだ。 タンブラーに注いだ発泡酒をのどに流し込みながら、俺は加治翔太郎の友達一覧からめぐりさんのアカウントがないか探してみたがそれらしきものは見当たらなかった。(というかそもそも加治翔太郎の友達は十人くらいしかおらず、皆俺の知らない人だった)俺は次に「加治めぐり」と言う名前で直接検索してみた。割と珍しい名前だから上手くいけば見つかるかも知れないと踏んだが、全然違う都道府県の同姓同名らしい人物が数人と名前しか登録されていないがらんどうのアカウントしかヒットしなかった。 俺はふう、とため息を吐いてタンブラーに残った最後の一口の発泡酒を飲み干した。そして俺は加治翔太郎の友達申請を許可し、ちょっと迷ったが「久しぶり(^^)お前今なにしてんの? てか明日会わね? どうよ?」とメッセージを送った。ちょっと返事を待ってみたが、すぐには帰ってこなかった。 それから俺はキッチンでうどんを一玉茹で、ネギを刻んで薄めた麺つゆに散らし夕食とした。皿に盛ったうどんを麺つゆに浸し、キッチンで立ったままそれを啜る。食べ終えるとその食器を流し台に置いて、壁にもたれて人心地ついた。流し台には一昨日からの食器が乱雑に積まれている。そろそろ洗わないとなと思いながらも、結局実行出来ずまた今度にすることにした。 ふと煙草が吸いたくなり、テーブルの上に置いてあったウィンストンとライターを手に取り俺は戸をからから開けてベランダに出た。湿気を多く含んだ夏の夕風が顔に当たる。微かに駅の放送案内も聞こえた。ここは二階の部屋だが、雑居ビルに遮られて眺めはあまり良くなかった。俺は煙草を一本取り出して口に咥え火をつけた。ふぅ、と煙を吐き出す。 俺がめぐりさんを初めて見かけたのは、中学一年の春だった。めぐりさんは生徒会に入っていて、確か役職は会計だったと思う。朝の全校集会で部活動予算についてステージの上で説明を行なっていた。その凛とした姿がなんとなく印象に残っていた。 その後、二年に上り俺の一歳下の妹も同じ中学に入学してきた。ある初夏の日、妹が学校の階段で転んで怪我をしたことがあった。確かお昼の休み時間のことだったと思う。一階の中央階段の下にちょっとした人集りが出来ていた。俺は偶然そこを通りかかり、何だろうと思ってその中を覗いてみると、なんと妹が膝から血を流してうずくまっていた。そしてその横には手際よく止血したり、泣きそうな妹のことを励ましたりしているめぐり先輩の姿があった。今思えば俺は兄なのだから、そこに駆け寄ってめぐり先輩を手伝わなくてはいけなかったのだろうが、その時の俺は人集りの中を飛び出してゆく勇気がなくてただもじもじしているだけだった。その内に先生がやって来て妹を保健室へと連れて行き、事態は収束していった。 けれど、俺の胸の中には熱い感情が確かに芽生えていた。この出来事をきっかけに俺はめぐり先輩に恋をした。それ以来朝礼で演説をするめぐりさんを見たり、廊下でめぐりさんとすれ違ったりする度に俺は胸の高鳴りを必死で抑えた。いわゆる初恋っていうやつだった。 卓球部の部活メイトだった加治翔太郎がめぐり先輩の弟だと知ったのも、ちょうどその頃だった。 「なんで今まで黙ってたんだよ!」と俺が言うと、あいつは「は?なんでわざわざお前に言わなくちゃいけないんだよ」とキョトンとした顔をしたのだった。俺は何か言い返そうとしたけれど、なんとなくそれもおかしいような気がしてもやもやとした気持ちを抑え込んだのを覚えている。 翔太郎にめぐり先輩を紹介してくれ、と頼んだような気もするがその辺はよく思い出せない。けれど結局は、めぐり先輩と一言も言葉を交わすことなくその翌年めぐり先輩は呆気なく卒業していった。その時はなんか悲しかったような、寂しかったような気がするけれどそんな感情も時間とともにやがて風化していったのだった。 二本目のウィンストンが燃え尽きる頃、ソファの上のスマートフォンがぴろりんと鳴った。俺は煙草を吸い終え部屋へと戻った。スマートフォンを拾い上げると、どうやらフェイスブックにメッセージが届いたらしい。見てみると、やはり翔太郎からだった。 ーー久しぶり。いいよ、俺今文章書く仕事の勉強中なんだわ笑 と書いてある。文章を書く仕事の勉強中ってなんだ?要するに働いてないってことか?俺はちょっとカマをかけてみることにした。 ーーなんだよお前ニートなのかよwww中学の時結構成績良かったのになあw 三十秒もしない内に返信が来た。 ーーうっせ。いーんだよ別に どうやら本当に働いていないらしい。めぐりさんはどう思ってるのかな。 ーー別にいいけどさ、じゃあ明日の昼とかどうよ? ーーおけ。場所はどーする? 俺は少し考えて、メッセージを打った。 ーーあそこは? 清水園の中のレストラン。懐かしくね? 名前何て言ったかなー ーーいいよ。じゃあ正午にそこ待ち合わせで ーーおけ それで翔太郎とのやり取りは終わりになった。俺はまたスマートフォンをソファに投げ出し、立ち上がって本棚へと歩み寄った。そこから中学校の卒業アルバムを取り出し、ページを捲ってみた。 卓球部の集合写真を見てみる。そこには俺と、少し離れた位置に翔太郎も写っている。ひょろっとした体型に、少しボサついた髪、死んだ魚見たいな目。そう言えばあいつ、こんな顔だったなーと思い出す。家の方向が同じだったので、よく一緒に帰ったし何回かあいつの家にも遊びに行ったと思う。 そう言えば、その時俺はめぐりさんと会わなかったのだろうか? 少し考えてみたけれど思い出せなかった。覚えていないということはきっと会わなかったのだろう。 俺は卒業アルバムを本棚へとしまい、風呂に入って、その後少しだけバラエティ番組を見て、十時過ぎにベッドに入った。 明日、ニートのあいつをどうやっていじってやろうかなと考えている内にいつの間にか眠りに落ちた。
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