枢機卿調伏

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ジョナサンの視線は、フンボルト・グロウシュラーに真っ直ぐ向けられていて、フンボルトは全身を怖気立(おぞけた)たせた。 どうにも、この男に見つめられると、自分の小ささに忸怩たるものを感じてしまうのだ。 恐らく、自分が思っている野望や意思というものを、この男は屁とも思っていまい。 教団の最高位である法主の顧問である枢機卿にまで登り詰めたが、その私を、まるで街の暴れる酔漢と同列の、小悪党のように認識され、扱われると、どうにもいたたまれなくなるのだ。 同じに、猛烈な怒りを覚えていた。何があってもこいつを生かしてなるものか。 このゴミのような底劣な人類め。 「堕落者の孕んだ子供の父親が貴様か!ジョナサン・エルネスト!!」 「妊娠?ああそうなの?そうか、処女信仰が凄い世界でなあ。でもさ、それでも、彼女の胎内に命が育ってるんだ。父親は?誰だ?」 巫女ラピスとフンボルトは揃って息を飲んだ。巫女が法主に孕まされたと言った時、酷く面倒なことになる。 解らなくなる。 「それはお前であろうが!さあ!今すぐこやつ等を焼け!」 うるさいな。恐ろしく静かで強い言葉が刺さり、フンボルトの喉が痙攣した。 「今から、動いた奴から射つ。お前等がやろうとしてるのは、それ以上に残忍な行為だ。この町の全員が、無惨な死を迎えたとして、お前等は殉教者として誉め称えられることは絶対にない。法主は勿論、そこの下劣極まりない下着泥棒ですらな。誰がお前達を誉めるんだ?ああ、死後どうとかって話は知らないぞ?宗教ってもんは、生きている人間の為のものだからな」 「滅べ異端s!」 その瞬間、殺意を向け、一歩踏み出そうとした教徒の眉間に、矢が突き刺さって絶命した。 恐ろしい反応速度と動きだった。射られたことすら気づいていまい。 「人混みの奥から何言ってんだ?ああ、お前が雇ったんだよな?多分、10人もいればいい。俺なら3人で済む。すぐに崩れるだろうし。ああ、サン・バルテルミンも同じ手使ったろう?お前等、基本信徒を舐めてるからそうなるんだ。500年前と同じやり方が、今になって上手く行く訳ないだろうが」 ひゅ。思わず喉が鳴った。 仮に、それを認めてしまえば、ここにいる数千人の信徒達は、煽動者に動かされ、自ら思想的敵対者であるグオノーシス派を虐殺した者達の子孫になってしまう。 かといって、煽動者に煽らせ、虐殺に導いたことも言える訳がない。 かつて、もっとも多くの赤子を鍋に放り込み、聖騎士(パラディン)の称号を授与されたのが、4代目法主アウグスティヌスだった。 500年前と言えど、法主を虐殺者と呼ぶのは不味い。既にフンボルトは、その可能性があると言及した考古学士を、異端者に認定し、始末したばかりだった。 流血を重ねた上に肥大化した教団において、流血虐殺がなかった時代はほぼない。 最も高潔であったと言われる、5代目法主モディリアーニの時代ですら、内部粛清がない日は1日もないと言ってよかった。 「モディリアーニの時代の話してもいいぞ?ああ、ここはセント・トーマスだった。モディリアーニが、教団のシンボルを二枚貝に変更した。内部粛清の話しろよフンボルト。クラウディオがどんな死に方したか話せよ」 出来るものか!忌々しいブロンズが! ブロンズ? ああ、ならばいい。お前はブロンズとして死んでいけ。 「ベラベラとよく口の回る!しかし!貴様はブロンズではないか!」 今度は、ジョナサンが口を閉ざした。 ブロンズ?学士様でなく、ブロンズ? ブロンズの意見などに誰も耳を貸そうとしなかった。それが、どれだけ正しい意見であってもだ。 「ならば!ブロンズを殺せ!ブロンズと通じた巫女も同様だ!聖ルグノワール修道院の修道女達のように!」 あ、俺ヤギと同列に扱われてるのかよ。 聖ルグノワール修道院は、欲求不満が溜まった修道女達が、夜毎ヤギやヒツジを連れ込み、獣姦してたんで悪魔憑き認定されて、全員焼かれたんだっけ。 ヤバい。こういう時真っ先に襲いかかるのは、決まってブロンズ達で、次はカッパーだ。 ジョナサンの胸がズキリと痛んだ。 さっき、遅延発動の地雷系火炎魔法で焼け死んだ70人ほどのブロンズは、きっと、シルバー以上のランクに連れてこられた荷物持ち兼下男下女で、読み書きも怪しい無学な信徒達だった。 仕方ない。連中が教義の矛盾を、底ランクへの卑下でもって無理矢理是正し、虐殺者の子孫であることを隠蔽しようとするなら。 1000匹のインフェルノホルニッセを解き放とうとした時、ジョナサンは、自分が飛行挺の甲板上にいたことに気づいた。 「もうよいのです。ジョナサン・エルネスト。もしダムドの町に正しい者が50人いるならば、その者達の為に、町全部を赦そう」 創世記20-14からの6つの文節は、狂った姦淫の町、ダムドに神が降り立ち、罰を与えたという。 そう言えば、お前は? 「待っていなさい。すぐに戻ります」 それだけ言って、彼女はまた消えた。 どこ行った?キョロキョロ見回すと、フランチェスカとエウリアデ、それにルーシーがいた。 「まさかーーあの子は」 深く戦いた、エウリアデは呟いた。
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