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王女凱旋と考察
マリルカ・フランドールは、1ヶ月ぶりに生家に戻り、息を吐く暇もなく配下の者を呼んだ。
「お帰りなさいませ。殿下」
黒かった髪が、みるみる美しいシルバーブロンドに変わっていった。
「マスカレードって、結構維持に難ありね。誰か、得意な人間ている?」
「今年から王宮に入った、ファルコーニ家の者が1人おります」
「そうね。状況が落ち着いたら会うわ。現状アカデミーくらいでしか使わないわね。マスカレードなんか。で?見つけた?お父様を狙った毒殺魔は?」
「言葉尻を捉えると、まるで陛下が暗殺されたようですな」
「放っときゃ遠からずなるわよ?そうさせないように、わざわざアカデミーから戻ったのよ?ひいお婆様の家名まで使って潜り込んだのに。報告しなさい。クロムウェル」
フランドールは偽名ではなかった。
実在した曾祖母が、シンダーエラ・パル・ウィンシュタット。王家に輿入れする前に名乗っていた名が、シンダーエラ・フランドールだった。
中王、グラム・エル・ウィンシュタットの娘、ミラージュ・デラ・ウィンシュタット。
美しいシルバーブロンドの王女は、小飼の法務事務次官、ガリバー・クロムウェルに、国王の宸襟の安寧に関する報告を求めていた。
恐らく、そう遠からず、国王の暗殺は実行に移されるだろう。国王警護に招聘される予定だったユリアス・ブレイバルの出鱈目な強さは、敵勢力に対する心理的なブレーキになるはずだったのに。
初めて見かけたのは、父親に連れられて、お父様に謁見した時のことで。
あれが未来の私の夫候補?はっ。
今にも、女を殺しそうねこいつ。
本質的に恋愛観がねじ曲がったネクロフィリアだし、大体、ガストンがホントにこいつの父親?耳の形違うし。
って言うか、今にも死にそうな人間に謁見させるって正気?
生まれながらの殺人鬼と言うものはない?異常としか言えない家庭環境に幼い子供を飛び込ませる周囲の異常性そのものが殺人者を生み出す?殺人者と言うものは、その異常性に醸造された結果でしかなく、そもそもそれと関係を持たざるを得ない、人間の関係性そのものにある?
300年前の賢人アライダー・ファーストエビルの論文「シリアルキラーは存在しない」。うちの書庫にあったの読んだばっかりだし。
何?それって引きこもりの理論武装?そりゃあ引きこもれば殺人なんか犯さないわね。
アライダー・ファーストエビル、頼むわよホントに。
ああ。もう死んでる?うちのディーテ・オリンポスみたいなんじゃなければ。
ガストンも異常なら、父親のアブラハム・ファツースも、アブラハムの妹のアミダラも異常ね。あいつ等兄妹でやってたのね。
机上の空論で慰められてもね。実際目の前にいるじゃんか。殺人鬼が。
当時3歳だったミラージュ王女は、追憶に消えた殺人鬼のことを思い出していた。
まあ、最低ラインあいつを飼う危険性は解るけど、それでも、あいつを王宮に入れなきゃいけなかった私の苦労を解せ。
あーあ。さっさと連れてくりゃよかった。
先生、ジョナサン・エルネストなら、お父様守るのなんか楽勝でしょう?
でも、ブロンズだもんしょうがないわよね?
乱心の末の事故死みたいになってるけど、どう考えてもユリアス殺したの先生よね?
あいつの別邸の存在知ってて黙ってたのは、社会通念上ブロンズはプラチナに勝てないってだけのことで、あの時しかチャンスなかったみたいね。
お父様を、お人好しのボンクラ国王を殺させはしない。
魔王討伐者ルルド・リュミエールを頂点にした、あのアカデミーに身分を隠して入り込んだのは、あの異常者ユリアス・ブレイバルを倒し、お父様を守れる人材を引き抜く為に。
輪をかけてボンクラだったあのブロンズ教員が?
まあ、勇者イーサン・エルネストの伝説は蘇り、あの経済協力連合すら粉砕した先生の実力なら。
容疑者もわんさかいるし。それも先生なら見分けられるんでしょうね。
オニキスバイパー。王宮のエビル本によれば、王都より北部の荒野にいる。
陰に紛れて殺す暗殺技術が、人を守るって有り得るの?
ホントに訳が解らない。先生が、ジョナサン・エルネストがまるで見えない。
クロムウェルの報告を、ほとんど上の空で聞いていた。
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