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行方不明
翌日……
「金次! 父さんが行方不明だ!」
顔面蒼白の兄貴が俺に告げた。話を聞くと、父親が帰って来ない事を不審に思った兄貴が父親に電話をしたが、何度掛けても出ないので心配になり、伯父の太陽さんへ連絡したところ、S の仕業かも知れないと言われたらしい。
「今、太陽さんが S へ連絡しているらしいが、実は、俺は太陽さんを疑っている」
兄貴が伯父を疑うのも無理は無い。前々から金銭面でトラブルがあったのだから。
その晩、兄貴のスマホが鳴った。太陽さんからのようだ。兄貴が電話に出て話を聞いている。兄貴は真剣な表情でしばらく話を聞いた後、呟いた。
「……あんたが伝説の殺し屋 S か?」
兄貴が電話相手に質問した言葉にドキッとした。電話相手の声は聞こえなかったが、伝説の殺し屋の S が実際に存在するなんて……。何故、兄貴の電話番号を知っているのか? いや、太陽さんの電話から掛けている? 一体、何の用事なのか?
「ああ、分かった」
兄貴が電話を切ったので俺は尋ねる。
「S は何て?」
「父さんの事は知らないらしいが……太陽さんを殺したらしい」
兄貴が怒りを抑えるように言うのを聞いて俺は言葉を奪われた。もう1人の兄のように慕っていた太陽さんが殺されただなんて……。
「これから峠の廃工場に来いと言っていた」
「罠じゃないのか?」
「そうかも知れない。だからと言って、逃げ切れるとも思えない。一応、正々堂々と勝負してくれると言っている。金次は離れて見守っていてくれ」
「……分かった」
「名の知れた殺し屋とは言え、爺さんに俺が負けるとは思えない」
「そうだな」
兄貴は最強だ。恐らく、父さんの現役時より強いだろう。ただ、少し気掛かりもあった。それは優しさ……。前に太陽さんが「実戦では俺が勝つだろう」と言ったが、殺しを躊躇するような事があれば殺られる可能性は充分にある。
俺は、初めての実戦を目の当たりに出来るかも知れないという胸の高揚と、負ければ兄貴が死ぬかも知れないという恐怖との緊張で全身が震えた。
俺達はタクシーを呼び、30分掛けて峠の廃工場を少し通り過ぎた場所で降りた。タクシーの運転手に違和感を持たれないよう配慮したつもりだが、電灯も殆ど無い真っ暗な夜10時に、何も無い場所で降車するなんて違和感しか無かっただろう。俺達は10分程度歩いて戻り、廃工場に到着した。
廃工場の入り口は重そうな鉄の扉が開きっぱなしになっており、中からはツンと鼻を刺すような鉄錆びの臭いがしてくる。工場内は丸見えだが、瞳孔が随分開いたとは言え、電気1つ点いていないので、近くしかハッキリとは見えない。
「ここで待っていてくれ」
「分かった」
兄貴はナイフを鞘から抜きながら、入り口で待つよう俺に告げた。俺も一応ナイフを鞘から抜いた。
もし、S が卑怯な手段ーーー例えば、多人数だったり、拳銃を持っていたりーーーを使ってきた場合に、俺だけでも逃げれるように気を配ってくれた訳だろうが、S が卑怯なヤツなら逃げ出したところで、何れ殺られるのは目に見えている。どちらにせよ、俺達は S を信用せざるを得ない状況なのだ。
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