青空の下で

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 高2の夏、青春まっさかり。私は一日のほとんどを、真っ青な空の下、入道雲に見守られながら過ごす。水泳部の季節が始まった。    水しぶきを立てながら、黒光りする身体で水面を突き破る。水面(みなも)の波が太陽を反射してキラキラと輝き、水の中は光でいっぱい。潜ると幻想的な世界が広がる。  黒々と焼けた私たちにとって、太陽は敵ではない。時に虹を見せてくれ、夕暮れには茜色に空を染め、私たちを包み込む。すっかり太陽には気を許している。それを知ってか知らずか、太陽はプールの真上でニカーッと笑いながら容赦なく照りつけてくる。そんな中で今日も練習が始まる。  「気をつけっ!礼!」  「おねがいしまーす!」  私たちの練習は、泳ぐこと。必死で泳ぐ。ひたすら泳ぐ。まだまだ泳ぐ。苦しい。でも泳ぐ。  ある日のタイムトライアル、ここ8ヶ月思うようなタイムが出ていなかった私。大会でもないのに緊張した。  「ヨーイ、…ピッ」  ホイッスルを合図に一斉に飛び込む。今出せる全ての力を両手両足に注ぐ。がむしゃらな身体の動きとは相反して、水中は妙に静かで、自分の心臓の音だけに包まれているような感覚になる。ただ前へ前へ、苦しさの先を目指して前へ前へ進む。最後の数メートルは、もはや身体が動いているのかも、進んでいるのかもわからない。気持ちだけで泳ぎ切る。  タッチと同時に、ぶはあっと顔を上げる。途端に外の世界の音たちが鼓膜に一斉に飛び込んでくる。水中の静寂とのギャップに目眩がする。はあはあと肩で息をしないと酸欠になりそうだ。次の瞬間、顧問の口が開き、聞こえたタイムは、ベスト。8ヶ月ぶりの大ベストタイムだった。一気に身体の力が抜け、静かな水の中に顔をうずめる。水中(ここ)なら、涙は見えない。  タイムトライアルの日は格別疲れる。だが当然のように次の日も朝から練習だ。みんな文句たらたらである。「まじ明日も練習とかありえねー!」「ほんまそれな!」  そんなに文句を言うのなら、来なければいいんだよな、と自分で思う。でもきっと明日になれば、気づけばプールの中にいるだろう。自分たちが思っている以上に、この黒い集団は水泳が好きで、プールが好きで、空と太陽が好きで、仲間が好きだ。  翌朝8時。今日も吸い込まれそうな青空だ。  「気をつけっ!礼!」  「おねがいしまーす!」  私の一番好きな時間がまた、始まる。
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