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「で、さっきの続き、野球部員がモテ期に入ってどうしたって?」
先にリフト乗り場に着いた俺は三十秒程遅れて降りて来た山崎と再び合流した。
道内でも有数のスキー場、昼間は待ち時間もそれなりにあったけど、ナイターだとさほどストレスもない。
そのかわり時間もないから即行で訊いた。
「ああ、あれな」
少しも進展してなかった『本題』の中身を思い出したのか、山崎の表情がまたかげった。
「二学期になった途端、レギュラーで出てたやつらが声かけられてさ、断るなんて滅相もないだろ?」
「え、そう? 相手によるんじゃないの?」
「いやいや、常識だぜ?『モテない男の』だけどな。んで、一応礼儀だと思って付き合ったんだよ」
「ふ~ん、『礼儀』ねぇ」
日本語は便利だ。周りがどれだけ気を配っても本人達がこれじゃ、俺の目が半眼になるのもこの際仕方ないだろう。
ちらりと目を向けた途端、山崎があからさまに顔を逸らす。
けど、続けられた話は俺の想像とは掛け離れたものだった。
「そしたらさぁ、テレビと実物とはやっぱ差があったんだろ。『思ってたのと違う』とか言って、今も続いてんの二、三人しかいないんだ」
想定される事態と、その可能性を全然考えていなかった事、それを平然と告げる山崎の態度、全てに言葉をなくした。
当然もてはやされ、ちやほやされてると思っていたからなおさら。
先入観で判断していた自分を猛烈に反省して、そういえばと思い出した。
「あ~、画面越しでも選手達は何倍も男前に見えてたからな」
隣のこいつもそうだった。友人でさえそう感じるんだから、何も知らない女の子の目には幾重にもフィルターがかかっていたに違いない。
『甲子園』+『マスコミ効果』、恐るべしだ。
そう結論付けかけたところで、山崎がぼそっと呟いた。
「そんな中でさ、あの子はそんな事、一言も言わなかった。いつも笑顔で練習終わった俺を待っててくれたんだ」
「え、何だよ、すごくいい子じゃないか」
未練たらたらにも取れる台詞に、首を傾げるしかない。
「そうなんだよなぁ。すっげ控えめだし、『大和撫子』ってこんなんかな~ なんて……」
急に黙り込むから、付き合っていた頃を思い出したのかと心配して様子を伺うと。
「あ~っ! 何で断ったかなぁ俺」
いきなり悔しそうに喚いた。
「はぁ?! 知らないよそんなの。なに、後悔してるのか?」
思いがけない台詞に、口調が険しくなる。
はっきりした理由もなくそんないい子を振るなんて、なんだか許せない。
妬みにも近い感情でもって冷たく一瞥すると、思いがけず真剣に考え込む姿があった。
「……『後悔』ってよりか、一緒にいてみてちょっと違う気がしたっていうか」
「? 感覚的なもの?」
「う~ん、どうだろ? けど、『性格のいい子』ってだけでこのまま付き合うのはなんか違う、ってのはぼんやり感じた」
「贅沢な奴」
これは俺の偽りのない本心。
「かもしんねぇ。けど、俺にはもったいなく思えてきたらもうダメでさ。やたら気ィ遣ってばっかになって、楽しめなくなってった」
『もったいない』?
「あのー、それ、相手に好意を抱いたからこその気持ちじゃないの?」
恋愛初心者、どころか未経験の俺には益々わからない。
山崎だってそれほど経験値高そうじゃないのに、なんか発言が大人びているのは何故だ?
「う~ん、そうだったのかなぁ。けど俺、甲子園の恩恵だけじゃなくて、北斗の幼馴染ってことで、あいつに近付きたい子にたまに利用されかけてたんだ」
「え、ホント?」
それは初耳だ。
「マジマジ。ま、北斗はそういうの絶対取り合わねえって知ってっから、そんな子には忠告して終わるんだけどな」
「え、まさかその子もそっちだったとか?」
あ、でもそれで『いい子』とはならないか。
案の定、山崎もすぐに否定した。
「いや、二ヶ月ほど付き合ってもそれはなかった。ってかあいつ、避けられてたんだ」
「えっ?! それも珍しい」
「う~ん、なんか苦手みたいだった。そこも引っ掛かったんだよな」
「山崎、被害妄想入ってないか? みんながみんなあいつになびくわけないだろ」
人の好みは十人十色。純粋に山崎を好きな女の子だってきっといる! はず。そう力を込めて主張したら、何故か胡乱な眼差しを向けられた。
「ちげぇよ。北斗に目がいくのは慣れてっから別にいいんだ」
「ほえっ?!」
思わず変な声が出た。
凄い! こいつ悟ってるよ!
北斗、山崎の恋愛事情に悪影響与え過ぎ。
それでも友人辞めなかったなんて、なんか不憫になってきた。
心の中で手を合わせ代わりに謝罪していると。
「ただ今回のは勝手が違い過ぎた。あいつがいたら俺の影に隠れるように立ち位置変えるんだよ、あくまでさり気無く」
「はあ。山崎、壁扱いだな」
どうコメントしたものか悩む。それって北斗に怯えてたのかな? よくわからない。
二人の関係を知っていれば、当然一緒にいるシーンもあるだろうに。
「だろ? それもなんか居心地悪くてさぁ。実際あいつが避けられるのなんか体育祭の『嫌いなヤツ探し』の時くらいしかお目に掛かったことねえよ」
「確かに! あれはあれで大騒ぎだったよな」
何で千藤監督だったのかは未だにはっきりしないけど、本人じゃなく周りが北斗は古文が苦手で、尚且つ二人三脚に参加できる年齢を鑑みた結果、千藤先生が残ったんじゃないか、という説が一番有力な情報として定着したんで、俺もその案に乗っかっている。
直接訊いて違う返事が返ってきたら、絶対ショックを受ける。
一番信頼している先生について、苦手だという明確な理由をあいつの口から聞きたくない。それが今の偽らざる心境だから、多分一生訊かない。
「まあな。けど実際問題、自分の幼馴染を露骨じゃないにしても避けられたら、なんかなぁ」
「そこで北斗に『勝った』とは思わないんだ」
茶化しても、山崎は乗ってこなかった。
「アホか、うぬぼれにもならねぇよ。そんなんじゃなくて、もっと自然な感じでいて欲しいんだ、『彼女』にはさ」
多分、山崎の幼馴染が関や田島辺りなら、この前の子で何の問題もなかったんだろう。
優秀な親友の存在がこんなところにまで影響を与えるとは。
「はぁ。山崎も見えないとこで苦労してんだ」
この人懐っこさに隠れて全然気付かなかった、長い付き合いゆえの苦難を労うような気分で言ってやれば、
「そりゃ多少は努力しねぇと、あいつの幼馴染ってだけで十三年も付き合えねえよ」
頂上を目前にして、らしからぬ返事が返ってきた。
「え~、そうかなぁ。西沢さんも北斗にとっては大切な幼馴染、って感じだけど?」
二年近く北斗を見てきて、加西と西沢以上に気にかけている女の子の存在を俺は知らない。それでも滅多に話には上ってこない。
「はあ? あいつは睦美が『大切』だなんて微塵も思ってねぇよ」
過去を振り返る間もなく、何気に酷い事を言い出した。「ただ保育園からの付き合いだし、そこの先生に頼まれたってのが、今もどっかに残ってんだろ」
使命感みたいなもんだ、なんて言ってるけど。
「保育園って、一体何年前の話だよ」
呆れて返したら盛大な溜息が聞こえた。
「睦美にはそんだけ手が掛かるんだよ、マジで」
山崎も相当迷惑を被ってきたらしい。
北斗の話にはちょっと大袈裟なんじゃないかと思った俺も、似たような感想を繰り返されれば自分の判断もぐらついてくる。
成績だけ見ればクラスで一、二位を維持している才女だから余計、違和感が半端ない。
「う~ん、そうなのかなぁ」
「睦美のことはいいんだよ。あいつは手の掛かる妹。そのスタンスは絶対に崩れねぇかんな」
納得しきれない俺を置いて、さっさとリフトから降りてしまう。
後を追って横に並び、ゴーグルを着けた。
「なんか西沢さんにも同情したくなるけど、お前らの妹って立ち位置も相当レアだから、それでいいのか?」
首を捻りつつも、それはそれでやっぱり『大切な幼馴染』なんだろうとは察しがつく。
ただ面と向かって言っても多分どっちも認めないだろう。
鷹揚に頷く山崎を溜息半分見返して、余計なお世話と知りつつ気になっていたことを訊ねてみた。
「あのさ、その『性格のいい』彼女は、別れるのに納得してくれたのか?」
「んー、泣かれたりはしなかったから大丈夫じゃねえ?」
他人事みたいに言われ、これ以上踏み込まないことにした。
あれだけ『彼女』を欲しがってたんだ。意図せず飛び出した「なんで断ったかなぁ」って台詞も、こいつの本音だったんじゃないだろうか。
「そうか。お互い納得してるならいいけど」
こんなことで拗れたら先の学校生活が荒れないか気になっていたから、そこが問題なければそれでいい。
逞しい背中をバンバン叩いて「元気出せよ」と励ましてやる。
何故かプッと噴き出した山崎が、「気にしてくれてサンキュ」と、いい笑顔で答えた。
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